翌日早朝、仙台駅に到着。
そこからさらにバスを乗り継ぎ石巻市を目指しました。
2時間後に着いた石巻駅・・・。
雨雲が広がりどんよりした雰囲気が町全体を覆っていました。
バスでボランティアセンターが開設された石巻専修大学へ・・・。
窓越しに見える商店街は、ガラスが割れ、シャッターがひん曲がり、泥まみれになった瓦礫が道沿いに山積み・・・。
(あっ、フィリピンのゴミ山が何故ここにも)
フィリピン、インドと行っていた僕にとって、何故か変な角度でこの光景に違和感をもちました。
・・・
専修大学には多くのボランティアの方々がテントを張っていました。
僕も陸上トラックの横に一人用のテントを張り、荷物を中に置きました。
・・・
まず、現地を見ようとタクシーに乗り、被災地域を回りました。
何台ものへしゃげた車が逆さまになり、何隻もの船が民家に突き刺さっている・・・。
丸焦げになった小学校の校舎が物騒と佇み、製紙工場の紙ロールが至る所に散乱・・・。
窓越しに見た光景は、まるで夢の中にいるかのような、現実感が全くありませんでした。
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日和山公園という町を見下ろせる丘の上の公園から辺りを見渡しました。
ここは毎年花見で賑わう場所であったようです。
何も無くなった町が目の前に広がっていました・・・。
残骸の向こう側に、いやらしくも海が見えます・・・。
(あの海か・・・。)
正直、現実感がわきません。
目の前に広がる光景を受け入れられない自分がいました。
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翌日は大雨となりました。
本来はボランティア活動中止となるはずなのですが、じっとしていることが出来ないタチの僕は、自己責任のもと活動をしようとする集団を探しました。
すると東京から来た建築屋さん、さっし屋さんの職人さん達が現場に向かうということだったので入らせてもらいました。
皆ご年配の方たちでした。
「大街道」という石巻の中心部に行きました。
被災者宅は一階全てが津波に襲われ、二階が何とか無事な家でした・・・。
床板を剥がし、ヘドロをかき出します。
職人の方々、皆65歳なのに、さすが職人さん、テキパキ動き、もの凄く格好良かったです。
被災された家のおばさんが雨の中、外に立って「申し訳ございません。助かります。」って何度も頭を下げていました・・・。
(何も悪いことしていないのに・・・。)
(なんで謝らんといけんと・・・)
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悔しかったです・・・。
何に対してかわからないけど・・・
悔しかったです・・・。
その方は知り合い宅で6人6畳で生活していると言われていました。
・・・
泥だらけになりテントへ帰りました。
10人組で7時間かけ一軒終了・・・。
人が足りない意味が初めてわかりました・・・。
ちなみにその晩、暴風、大雨。
テント内水侵入。
寝袋びしょ濡れ・・・。
死ぬかと思いました・・・。





