地獄の浪人時代 | Be Fully Human

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「日本とフィリピン社会により広く大きな貢献をする」ことをミッションにした青年による、その実現までの道のりを綴ったブログです。このブログを通して、ひとりでも多くの方が「ごきげん」に人生を送っていただければ・・・、そんな願いを込めてお送りします~。

肌寒く感じ始めた初秋、僕は交通事故に遭いました。

 

後輩のラグビーの試合を見て、原付バイクで代ゼミに向かっていた日曜日の昼下がり、タクシーに後ろから激しい勢いで追突され、病院に運ばれました。

 

幸いにも命に別状はありませんでしたが、腰を痛め、またまさかのキン○マが流血し、キン○マを縫うために入院する羽目に・・・。

 

「事故に遭うような奴は受験も落ちるから気をつけるように」・・・

 

代ゼミが始まった時に担任の先生に言われた言葉を思い出し、今考えれば全く論理的ではないこの発言を僕は鵜呑みにしてしまいました。

 

パニックになったんです。

 

「いかん!このままじゃヤバい!ダメだ!」

 

退院直後から人が変わってしまったかのように勉強しました。

 

睡眠時間も1、2時間。風呂も食事も移動も分単位。

 

自分を自分でがんじがらめにして勉強しました。

 
・・・

そんな生活を送っていたある日曜日。

 

自習室で勉強をしていた時のことでした。

 

いきなり耳元で「パンッ」という音。

 

その瞬間、いきなり目が見えなくなりました。

 

「あれっ・・・」

 

視界がぼやけてものが見えないんです。

 

最初は寝不足かなと思い顔を洗いに行くも全く変わりません。

 

文字がぼやけて見えないんです。

 

丁度メガネやコンタクトを外した後にものがぼやけて何も見えない感覚のそれ。

 

「あれっ・・・」

 

それでも教科書に顔をギリギリまで近づけて無理やり勉強しました。

 

すると今度は首の前面が硬直し出し、息も吸いづらくなりました。

 

常に首を絞められている感覚で、気が付けば息をしていないということがそれ以降頻繁にありました。

 

症状はどんどん悪化。

 

一人自分の部屋で勉強していたら目の前でパチパチッと火花が散ったり、もう寝ようと思い電気を消したら部屋の隅で異様な光が見える。

 

陽炎のようなものも出てきました。

 

勉強をしたくても文字が見えず、志望校であった神戸大学の判定もA判定からC判定に落ち、絶望的・・・。

 

眼科に行っても「異常なし」と言われ・・・

 

親には「二浪しても仕方がないやんね」と慰められ、「最初から二浪するって決める馬鹿おるか」と暴れちぎり・・・。

 

どん底でした。

 

文字が見えない悔しさで、何度一人部屋で泣いた夜を過ごしたかわかりません。

 

首には週3回、ラグビー部時代お世話になった鍼の先生の元で鍼治療を受けました。

 

20センチほどの大きな中国鍼を首の前方部、のど元に垂直に打っていく。

 

激痛が走りますが、何とか文字が見えるようにとすがる思いで通っていました。

 

そんな絶望の中にいたある日、いつものように鍼を受けていました。

 

するとふと他の患者さんが入って来て、その患者さん、入るやいなや「ウワッ」と大声を上げてよろめいたんです。

 

きくとこの患者さんは気功の先生であるらしく、僕の「気」が部屋中暴れちぎっているというのです。

 

元々、精神世界や宗教的なものに疎い自分でしたが、東洋医学に造詣が深い鍼の先生がその時このようなことを話してくれました。

 

「修行僧って滝に打たれて修行するよね。その時ものすごく集中している。すると見えないものが見えてきたり、聞こえないものが聞こえてくる。それを彼らは神様や仏様の声とて受け取っているんだ。君は今、受験勉強を通して、修行僧と同じことをしているんだよ。今見えている光や陽炎も奇妙に感じるかもしれないけど、心や精神は今、大きく成長しているから安心しなさい。君はいいことをしているんだよ。」って・・・。

 

横にいた気功の先生もうん、うんと優しく頷く・・・。

 

「救われた」と思った。

 

僕は精神世界とかわからないけど、「本当はよかったんだ。」って・・・。

 

何か訳がわからなかったものを受け入れることがその時初めて出来て、帰り道、ワンワン泣きながら帰った。

 

「よかったんだ」って・・・。

 

それからというもの、冷静さを取り戻し、ゆっくり生活をするようになりました。

 

勉強も虫眼鏡を使って文字を読んだり、様々な工夫をして。

 

年を越して受けたセンター試験は8割3分。

 

夜中、一階のパソコンで予想判定を確認すると、第一志望校はC判定だった・・・。

 

「まだ戦える」と思いました。

 

それを確認して廊下に出ると、景色が全てセピア色、赤く見える・・・。

 

「こわっ!」と思い2階に駆け上がり布団をかぶりました。

 

翌日、鍼の先生に聞くと、心は闘志に燃えていると赤くなると。

 

「自分の心を見たんだよ」と。

 

・・・

 

そして迎えた二次試験。

 

結果は神戸大学国際文化部、不合格でした・・・。

 

後期試験で神戸市外国語大学英米学科に合格し、僕の浪人生活は幕を閉じました。

 

今でも不思議に思うのですが、「合格通知」を手にした瞬間、今まで見えていた光や現象は全て消えたんです。

 

一体何だったんでしょう・・・。

 

とにもかくにも大学に合格しました。

 

2005年、春のことでした。

 

この地獄のような浪人時代が全ての始まりだったんでしょう。