おはようございますひまわり
暑いですね、、

今日は、私が今最も向き合っていることについて記録していこうと思います。

「誰かの100%なるため生きているのではない」

ということです。

離婚調停中なので、向こう側(元夫)のことはXという表記にしますが、

Xと同居していた時は

こうやらないと、こう返さないと、、
こういう振る舞いをしないと、、
疲れたっていっちゃだめ、しんどいって言っちゃだめ



とそればかり考えていました。
それがどんどん私自身を苦しめていっていたなぁと。

夫婦だし、お互いの許容できることは違うし、すり合わせは大事。

という考え方が根本にありました。

ただそれって、お互いに対等な目線で、個人それぞれを尊重できている関係性にしか通用しないんですよね。

今考えると真顔....

よく我慢していたものだなぁと思います。


別居した今でも、Xの考え方に若干囚われている自分がいます。

10年は一緒にいませんでしたが、、
受けた影響というのはなかなか拭えないものです。

それでも、幸運だったと思えるのは
話を聴いてくれる仲間がいたこと、行政に、周りに相談できたこと、

あとは私が、縁を切りたいと強い意志をもてたこと




誰かの100%になるために生きるなんてことは本当に
しなくて良いことです。

自分がまず自分の人生を自分の満足がいく
100%で生きているかどうかが大事です。


①自分自身の感情を押し殺す
②自分の好きなものを我慢する
③考え方を一方的に否定して
無理やり同調する

この3つは家族であろうと、恋人であろうと、境界線を飛び越えて相手に強要するもの、されるものではないと、私は今回の経験を通して、強く感じます。


今回こうして、文字に起こしながら、

私は私個人という人間を失いかけていたのだなぁと
改めて実感しました。

家族だから、恋人だからうまくいくために
ある程度の妥協は必要、と言えども
自分無くしてしまうのは、やはり違いますね知らんぷり


気づけたことに感謝して音譜