小学校の音楽準備室からの出火。
驚く事実が解ってきましたね。
音楽教師が、私服を洗濯して、自分で持ち込んだ電気ストーブとサーキュレーターで、それを乾かしていたとのこと。
勿論、やってはいけない事です。
なぜ、このような事をしていたのでしょうか?
今回は、その心理について考えてみたいと思います。
会社においても、ある条件が揃えば「不正」が起こり易い状態になります。
1.自分の仕事が属人化しており、誰も口出しをしてこない。
2.自分だけが使える空間(部屋)がある。
3.比較的忙しくない。
4.仕事は、マンネリ化している。
私は、講演会などでもお話しをしておりますが、不正が起こる原因というものがあります。
人間は、閉ざされた空間で、自由に過ごすことを好みます。
会社の中を歩いていると、いつの間にかパーテーションで区切られた空間ができていたりします。
中は、容易に覗けないようになっていて、人の気配はしている。
そういった空間をつくることが、不正を招くことに繋がるのです。
空間だけではありません。 専門性の高い仕事は、属人化します。
その人のやり方にケチを付ける人も居ません。
そういったベテランは、自由に自分の仕事環境を整えていきます。
仕事の内容も閉ざされて見えない状態なのです。
こういった、閉ざされた仕事、閉ざされた空間の中では、比較的ルーズで、自由し放題なのです。
では、どうすれば良いか?というと、パトロールです。
閉ざされた空間を探し、点検する。
また、職場では馴れ合いにならず、親しい間柄であっても、言うべきことは言う環境をつくらなければなりません。
マンネリ化になり易い仕事にメスを入れ、改善点を周囲の人達と一緒に討議する、そのような環境も必要なのです。
トヨタでは、そのような体制があります。
しかしながら、その体制から漏れていた部署がありました。
専門性があり、閉ざされた空間で仕事をしていた部署です。
人員のローテーション人事も無く、マンネリ化していた部署。
そこで、不正が起こっていました。
まさに、盲点でした。
次に、そのベテランこそが、自由の意味を良く考えるべきです。
自由とは、「自分に由る」ということです。(福沢諭吉の『西洋事情』による語が有力)
要は、“自分次第”なのです。
自分次第で勝手にやってよろしいという意味ではありません。
公共の場において、自分がどうあるべきか?を自分で決定せよということです。
自由とは、自律でもあるわけです。 自分を律する。 自分で規律をつくり、制することです。
ですから、昨今で使われている「自由」とは、本来、自由ではないのです。
皆さんの会社にも、閉ざされた空間、閉ざされた職場はありませんか?
そこを、覗いてみた方が良いかと思います。
日頃の事件、事故から、このように「自分達は大丈夫か?」と、他山の石として、皆で話し合う機会も必要だと思います。
