コンサルをしていて様々な製造現場で指導をしていますが、改善のネタを与える前にやらなければならないことは、「良い習慣をつくる」です。

多くの現場で、この「良い習慣」というものがありません。

驚くのは、多くの作業者達は様々なセミナーに出向き、知識はあるのです。

知識はあるのに実行しない。

よくある“実行力不全”というやつです。

「わかっているのに、やらない」

逆に、知識を実行力にうつすのが得意な人もいます。

何が違うと思いますか?

 

アメリカの大学で、30年の長期にわたって実施した有名な実験があります。

13歳の子供 30名に対して実験を行いました。

母親が外出をするので、独りで留守番をお願いしました。

その際、テーブルの上にケーキを1つ乗せて言いました。

「帰ってくるまでこのケーキを食べなかったら、もう一つケーキをあげる。」

といって、4時間外出をしました。

母親が帰ってくるまで我慢できなかった子供、我慢できた子供が居ます。

そして30年後、その子供達の年収を調査したのです。

すると、我慢できた子供は年収が多く、できなかった子供は年収が低かったのです。

脳のCシステムとXシステム

人間の頭の中では、我慢した方が良いとブレーキをかける前頭前野のCシステムと、食べたいという本能的な哺乳類脳の部分 Xシステムが戦っています。

要は、CシステムとXシステムのどちらが勝つか?なのです。

Cシステムが勝つ人は、将来のことを想像しやすい人だと思います。

「我慢したので、ケーキをもう一つもらえた」という4時間後の映像を、明確にはっきりと脳内に思い浮かべて我慢したのです。 これが子供の時に出来た人は、将来に渡って出来る人なのです。

 

さて、元の話しに戻します。

   🔳わかっているけど、できない人

   🔳得た知識を、即行動に移すことが出来る人

この差は、未来の映像を思い浮かべ、Cシステムを発動させられるか否かなのです。

その映像を思い浮かべながら“決意”しているのです。

更に簡単にいうと、決意力の差です。 日頃から、強く思っている、信念のある人というのは、Cシステムが強く働いています。

それが、日頃の行動となり、習慣になっています。

 

片付けの出来る人、出来ない人の差も同じです。

決意しているから、継続力も当然あります。

 

そして、もう一つの違いは、

「自分の行動はすばらしい」と思っています。

この、自己肯定感は非常に大切です。

脳内で、ベータエンドルフィンという物質が大量に発生します。

すると、このベータエンドルフィンで、多幸感や快感を得られるのです。

マラソンランナーのランナーズハイの状態と同じです。

そして、「自分は、幸せだ。 運がいい。」と思うのです。

ですので、Cシステムが働く人は、「自分は運がいい」と思っています。

 

ここから、さらに広がっていきます。

「運がいい人」というのは、配慮範囲が広いということがわかっています。

配慮範囲と利他の概念図

他人のこと、社会の未来のことを考えている人は、運がいい人ということです。

逆に、自分のことだけ、今だけを考えている人は、運が悪くなります。

これは、認知的焦点化理論です。

人が、心の中で何に焦点を当てているか?

人類は、共に助け合うことで生き残ってきました。

配慮範囲が広い人は、周囲も助けてくれます。

それを客観的にみると、運のいい人だと思われるのです。

 

🔳先のことを考えられる人 我慢ができる人 決意している人

🔳他人のことを考えられる人

 

こういう人が成功するのです。

 

では、会社の組織として、良い習慣を身に付けている人を育てるには、どうしたら良いでしょうか?

 

これは、強制的にやっても効果は出ます。

例えば、朝のラジオ体操。

嫌々やる人もいるでしょう。

でも、根気強く続けるのです。 会社が続けるのです。

良い習慣を当たり前と思うくらい、続けるのです。

会社のルールとしてやれば良いのです。

地道にやらなければならない品質管理にしても、面倒と思っても、会社がやらせれば良いのです。

それを、個々の作業者まかせにしているから、習慣にならないのです。

 

良い習慣が出来ていない会社は、良いと思ったことは、作業者が文句を言おうが言うまいが、やるのです。 それを、10年も20年もやるのです。

100年続いている企業は、それをやっています。

特別なことをやっているのではなく、地道に飽くことなくやり続けているのです。

レクサスの昔の合言葉があります。

 

    完璧の飽くなき追及

 

飽きることなく、完璧を追求するという宣言です。

良い習慣が運を良くします。

会社も個人も、良いと思うことを続けるのです。

それは、固い決意が必要なのです。

運は、1日で来ないということです。