“モノづくりは人づくり”

人を育て、人間力を高めなければ、モノづくりが出来ないということです。

仕事というものは、さほど難しいものではありません。

その隙間に、人間関係、感情が入ってくるので、難しさを感じてしまいます。

 

SNSの普及に伴い、人々の考えが容易に世間に広まり易くなりました。

様々な問題が発生している中、陰謀論や足の引っ張り合いも容易に可能となりました。

そういった情報に触れるたびに、心の中がザワザワしてまいります。

行く先々でザワザワさせられているのです。

そんな状態で会社へ行き、会社の中だけキチンとすることが非常に困難な状態にあります。

ですから、努めて「心もデトックス(毒抜き)」をした方が良いのです。

 

仏教の教えの中に、貪瞋痴(とんじんち)というのがあります。

貪:貪欲

  ・自分の欲求をむさぼり、執着する心の状態

  ・物質的なものや地位、名誉などへの欲求が強過ぎる

瞋:瞋恚

  ・怒りや憎しみ、恨みなどの、不快な感情をいだく

  ・自分の不利益や、気に入らないことに対して、感情をむき出しにしてしまう様子

痴:愚痴

  ・無知、無明、愚かさ、誤った認識

 

これらの3つの煩悩は三毒と称され、人間の心を毒し、苦しみや不幸の根源となります。

我々は、この苦しみや不幸を、自ら求めているのが現状なのです。

それを断ち切らなければ、自ら不幸の底へ落ちているようなものです。

不動明王は大日如来の化身で、人々を煩悩から救い、悪を断ち切る仏様です。

怖い顔立ちをされておられますが、悪を焼き払い、良い心を護ることをされます。

 

我々は、試されています。

悪に満ちた情報にあふれている現在、それを自ら求めてインプットし、そして腹を立て、憎悪が湧きたち、攻撃的な性格に変貌しているのに気づかなければなりません。

そして、自らそれらを断ち切る努力ができるのか、試されているのです。

 

やり方は簡単です。 悪の情報を断つのです。

何度も何度も、悪の情報はあなたの頭の中へ入り込もうとします。

ですから、何度も何度も気づいて、遮断する努力をしなければなりません。

 

私は先日、「呼ばれないと行けない神社」と言われている所へ行きました。

呼ばれたわけではありません。 行くと決意しなければたどり着くことができない程、狭い山道を登り、倒木や落石を退かしながら進む場所です。

そこは、標高1,000m超えの山の頂上付近で、スマホも圏外表示される場所です。

下界とは違う世界です。

自然の音しかしません。 空気の匂いが違います。 木々が生きているような錯覚がします。

遠くに、水が流れる音がします。 話し声もしません。

薄っすら、恐怖すら感じる場所です。

とても不思議な世界です。

そこで暫く過ごしていると、忘れていた何かを想い出した気がしました。

漠然とした何かを想い出したのです。

体の中の「雑」が、流れ落ち、吹き飛んでいった感覚なのです。

 

私の実体験を書きましたが、秘境に行かずとも、海を眺めたり、瞑想をしたり、様々な事が出来ると思います。

体のデトックスに勤しむ人が多いと思いますが、心のデトックスの方が急務のような気がします。

 

時々、忘れていた何かを想い出す時間が、我々には必要ではないでしょうか?