講演やセミナーの後で、質問時間を設けています。

たまに、「信念を教えてください」と聴かれます。

私の信念は、「信念を持たない」という信念です。

天邪鬼のような答えで申し訳ありません。汗

昭和の時代に育った私は、競争競争で、一番になれと言われて育ちました。

そして、信念を持つことが大切だと、言われ続けていました。

最近私は、信念を持つということに疑問を感じています。

というのも、SNSの発言などを見ていると、「自分が正義だ!」と大変な剣幕で発言をしているのが多くなってきましたよね。 その人の思っている正義も、果たしてそうなんだろうか?と疑問に思います。

何か、頑なな思想があって、理解できない奴らは敵だ!みたいな風潮がありますよね。

それは何か信念のようなものを持っているからではないかと思うのです。

 

私は、人の役に立ちたい、人の迷惑になるような事はしたくないという考えがありますが、これは信念ではないと思います。

これらは、日頃の心掛けだと思うのです。

信念というのは、良い意味で持てば心の糧となりますが、どうも現代の解釈では「俺の正義」的な意味合いで使われているように思うのです。

だから敢えて、信念はありませんと答えています。

 

昨今のSNSを見ていると、著名なインフルエンサー達がよく使う言葉が目につきます。

それは、「バカ」と「アホ」です。

俺の言うことが理解できない奴は、バカだ、アホだと言うのです。

どうして、そんな世の中になったのでしょうね。

東大の解剖学の権威である 養老孟子先生の著名な本で“バカの壁”というのがあります。

養老先生いわく、「東大の学生の半分はバカだ」とあります。

養老先生の言われるバカというのは、“無知の知”を知らない人のことです。

「自分は無知だということを知っている」ということです。 それを知らない。

「何でも知っている。 おれは賢い。 だから、俺の言うことが正義だ。」この論法で生活をしているのです。

自分が頭がいいと思っている人、無知の知を理解していない人ほど、SNSで「バカ」、「アホ」と、人を見下します。

ちょっと曲がった信念をお持ちなんだろうなと、思うのです。

YouTubeなんかを視ましても、憎しみを込めて発言をしているのを見かけます。

私は何でも広く視るようにしていましたが、最近はもう、敢えてブロックして視ないようにしています。

あの、憎しみを込めた顔は、視たくないのです。

そして、そのようなインフルエンサーをことごとく私の視界から排除するようにしています。

 

そもそも日本人は、競争よりも共存を好んでいました。

人を小ばかにすること、悪い企てをすることは、必ずバチが当たると思っている民族です。

ところが、昭和の時代に生きて来たオジサン達は、日本人の良い面を忘れて、争うことを好む人種になりました。

そのオジサン達に、平成、令和生まれの人達も巻き込まれているのです。

「バズればOK」や、「迷惑系ユーチューバー」も同じです。

もう、そんな時代は終わりました。 だけど、変わらない人も居ます。

 

私は、神様を信じる人です。

だから、神様が悲しむようなことはしないように心がけています。

神様が喜ぶのは、人々が笑い、歌い、踊っている姿です。

だから、神楽(神様に捧げる歌や踊り)を神事として行っているのです。

その神事で、神様がお喜びになるというのが神道です。

今でも、引き継がれているのです。

笑い、歌い、踊る。 そういう世の中を望まれているのです。

コブ取り爺さんも、鬼の前で踊り、コブを取ってもらいました。

ですが、昭和を生きた爺さん(私も含め)たちは、実に怒りっぽい。

そんな昭和のオジサン達に、平成、令和の人達は巻き込まれないようにしてください。

新しい、楽しくて笑いのある世の中にしてください。

昭和のオジサン達に、影響されないようにしてください。

という、昭和のオジサンからの、信念なんか要らないという話しでした。