大変革の時代の自己ブランディングの重要性④ | えぇじゃないか。。の五穀豊穣記

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食は生活そのもので、私たちの伝統とも深く結びついています。
本ブログでは生活の基盤である「食」を大きなコンセプトとし、
それに関連する歴史的背景や社会情勢など独自の視点を織り込み、
少しでも面白い記事が書ければと思います。


みなさん、こんにちは 奥川です。

前回は自己ブランディングの大前提として、「己を知る」ことの重要性について考えました。

言われてみればあたり前ですよね。己の強み、弱みを知るということです。
そして己を知る速度を上げる為にはトライandエラーを繰り返し、
ボコボコにひどい目にあって、自分と向き合い、修正していく、
というプロセスを繰り返します。

経験からはしっかり学習しなければいけません。
言って見れば鍛冶職人が鋼の刀を鍛える要領です。
こうしないと強い武器は作れません。

ここで自己ブランディングの大前提が「己を知る」こと、と言いましたが、
このプロセスに終わりはありません。
死ぬまで続きます。

いわゆるビジネス上の自己ブランディングというと、
自分の一部にスポットライトをあてたり、成功者のマネをしたりしがちですが、
それだと一時的にうまくいっても長続きしません。
もしくは経済的に成功したとしてもその時には心の満足は得られません。

大事なのは自分の芯の部分を静観することです。
力が無いうちは自分のやり方を優先した場合、返り討ちにあうでしょう。
ですがその時まで辛抱強く自分の色をうまく守らなければいけません。
人のアドバイスを聞きすぎるのもよくありません。
自分の魂に他人の垢がつきます。

「己を知る」というプロセスは死ぬまで続きますので、
生きてるうちに完璧になるということはありません。
「今」が常に最上ですから、今すぐスタートをきるべきでしょう。
行動しながら学ぶのです。
行動:学びの比は9:1ぐらいでないと平均より上にいくのは難しいです。

己を知るというのは日々の積み重ねとなりますが、
次は、自分の特徴を知ったうえで、自分の良さをできるだけ多くの人に知ってもらわなければなりません。
どんなに素晴らしい人も、考えも、自分の中で完結していては新たな価値は生み出しません。超優秀で人格が素晴らしくても一生山奥で暮らしていては役に立てないのです。
例えば、電話も飛行機もインターネットも無い時代の宣教師は、宗教という一つの考え方を普及させるために命をかけて旅をしました。
例えば仏教の祖、釈尊も街から街へ旅をして一軒一軒ドアをノックし、自分の考えを伝え歩いたのではないでしょうか。もちろん今で言う「バイラル」の助けもあったと思いますが。

余談ですが、釈尊が本当の己を知ったのは苦しい荒行からではありませんでした。
インドの王族であったこの青年は、どんなに断食や苦行を積んでも悟りは開けず、死にかけていました。そこへたまたま身分の低い羊の乳売りの若い娘が通りかかりました。死にかけている釈尊をみたその娘は大切な売り物である羊の乳を分け与えました。
最終的には、人の思いやりに触れたこの瞬間にやっと悟りを開いたと言われます。
今から2000年以上昔のエピソードですが、今も変わらず、人間の感情の中で最高は「他を思いやる心」なのかもしれません。

この釈尊が生きた当時と比べて現代は、比べ物にならないほどツールが発達しています。
ところが、せっかくいいものを持っているにも関わらず、「人に知ってもらって役に立つ」、ということに価値を見出していない人がまだまだ多いでしょう。Facebookは基本的に実名、顔出しですがまだまだ日本は匿名性の高い文化です。そうした方がいいという人も確かにいますが、これからの時代のオススメはなるべく自分のことを公開することです。
なぜかというと、特に強調したい理由は、
①ネットの世界とリアルの世界で自分という人格を使い分けるのがもはやナンセンスであること
②どんなに自分の情報を公開したり、伝えようとしても思ったよりも人に知られるのが簡単ではないということ、です。

これからの大変革の時代を力強く生き抜く為には、自分のマイメディアを持ち、自分の良さをできるだけ多くの人に知ってもらうことが必要です。遅かれ早かれそうなります。

このブログではビジネスや芸術、文学、考え方など、多岐にわたるテーマを取り扱いますが、特にビジネスの分野には力を入れます。
次回はFacebookやブログ、you tubeなどのソーシャルメディアを自己ブランディングにどう生かせばいいか、という実戦的な話しをしていきますのでどうぞ楽しみにしていてください。