今年の大晦日からお正月にかけて

この4日間はクソつまんなかったうんち

そのクソ話はこちら

 

 

行く前から気が重く

行ってからも

なんかしゃべらなきゃ

とにかく笑ってなきゃ

って空回りしてた

 

 

かと言って、

無理矢理テンションあげて

楽しいフリはもうしたくない



何か正月に沿うような話振ったり

飲んでもないのにバカ言って

盛り上げる役ももうしたくない

 

 

4日間、どんな顔してたんだろう

だぶん、ひたすら料理食べて
テレビばっかり観てた気がするわテレビ

 

 

 

お正月の過ごし方

当たり前すぎて

他の選択肢とか1ミリも考えたことなかったな

 

 

 

今年はどうしちゃったの私って感じ

 

 

お正月が楽しいとかつまんないとか

考えたことなかったな

 

 

どうして疲れちゃうんだろう?

ほんとは行きたくなかったのかなぁ???

何か嫌だったのかなぁ???

 

 

 

行かなかったら「なんで?」ってうるさそうだし

家族内でみそっかすみたいになんのもやだし

 

 

何か他にしたいことがある訳じゃないし

年末年始に一人は寂しいし

自宅で旦那と二人で過ごすのは嫌だし

 

 

お正月自体は嫌いじゃないし

日本の風習も嫌いじゃないし

箱根駅伝の観戦も大好きだし

 

 

じゃーまず、わたしはどうしたかったのかな?

行きたかったのかな?

行きたくなかったのかな?

 

 

……………

…………

………

(数時間経過)

 

どっちでもない

ってか、考えたこともないわ



あ、だから考えてんのか…

 


うーん…

うーん、条件付きかもしれないなぁ

 


あぁぁ

そして、またお母さん出てきたわ滝汗

 

 

お母さんがいるなら行きたい

お母さんがいないなら行かなくていい

 

 

そうだよなぁ

お母さんがいなかったら?

たぶん、毎日は行かないな。



元旦にちょこっとだけ顔出して

挨拶だけはするかもしれないけど。

 

 

 

何か嫌だったかな?

 


 

去年までは兄が嫌でたまらなかった

兄ってワードが出ただけで虫唾が走った

 

 

今年は実際に兄に会ったとき

一瞬条件反射的にキュッと体が反応しかけたけど

以前のように胸焼けするような

激しい感情は動かなかった

 

 

あーでも、

兄の嫁に気をつかうの嫌だなって

ちょっと思ってたかも

 

 

母と姉が12月に入った頃から

言ってたのを聞いてたからかな

「お嫁さんにとって、初めてのお正月なんだからっ」って。

 

 

だから、何?って思っちゃったな。

彼等の好きにすればいいじゃんって。

 

 

早めに行って、色々教えてあげなきゃーとか

初めてのお正月で不安なんだからって言ってたけど

教えてもらいたかったらその都度聞けばって

 

 

二人とも40、50過ぎてて

若い夫婦じゃないんだから

もう教えるも何もないんじゃねーのって

 

 

基本、うちはもうおせちもつくらんし

受け継いだ伝統料理もねーし

せいぜい、作るのは年越しそばとお雑煮くらいだし

………。

 

 

あーーーなんかむかついてきた。

私だって教えてもらったことねーしって思っちゃった

 

 

二言目には

「あなたは、なんでもできるから」って。

 

 

お母さんから料理とか教えてもらったことねーし

うちのこと受け継がれたことねーし



あれ?

拗ねてるな、私。

~してもらってないって。。。

 

 

若いときから家守ろうって働いて

気づいたらお母さん年とってて

私がご飯作るようになってて

 

 

一緒に過ごす時間なかった

 

 

子供の頃はずっと鍵っ子だったし

あれ?これも引っかかってる?

 

 

40年経って

お母さんが病気になったことで

(病気になったことは喜べないけど)

 

 

やっと長年の思いが叶って

一緒に過ごせるようになって

お母さんが家にいるってことが

本当に嬉しくて嬉しくて

今、幸せなんだ。

 

 

あーなんか嫌な感じも思い出した

 

 

鍵っ子、やだった。

家に帰って、誰もいないのやだった。

一人で家の中にいるの怖かった。

そーいえば。。。

 

 

もうひとつ、嫌な感じ思い出したぞ。

 

 

姉はお母さんとお嫁さんを仲良くさせなきゃと言ってた

それで、お母さんの面倒はお嫁さんがみればいいって

 

 

私がお母さんと一緒にいたいんだって言った時

「お母さんはあんたの家族じゃないんだよっ」

って私に言った

 

 

すげー傷ついたなー、あの言葉

今でも思い出すと泣けてくるわ

 

 

あの日から姉のこと信用できないっていうか

私の味方じゃないっていうか

なんか、警戒心を持ってるんだ

この人、私を傷つける人なんだなって

 

 

あれれ?

書いてて浮かんできたぞ



もしかしたら、

小さい頃からなんか姉のこと

嫌だったかもしれない

 

 

お父さんに殴られるお母さんを庇ってた姉

お父さんに文句を言って

お母さんの盾になっていた姉

 

 

私がやりたくても怖くてできなかったことを

殴られても泣きながら立ち向かっていた

 

 

そして…



お母さんが家を出ようとしたとき

お母さんが連れていったのは

お母さんが選んだのは

一番小さい私ではなく

子供達全員ではなく

姉だった

 

 

当時私は幼稚園児、姉は中学生

今振り返れば、怖くてできないのは仕方ないし

父に一番反抗的だった姉を選んだのは

当時の母の心情では最善の策だったかもと理解できる

 

 

でも、子供の私は全然理解していないし

なんで?が強く残ってた

悲しかった

悔しかった

妬ましかった



今でもその悔しさが

どこかに残ってるのかもしれない

 

 

兄は長男だからって

当然のごとく家とお母さんの扶養権を手に入れた



父が亡くなったとき

私は相続権放棄の書類に

無理矢理、印鑑押すことになって

私は本当は嫌だった

 

 


母も姉もそれが順当だって言って

最後はいいから押しなさいだった

10代の私には理解できなかった



お父さんが亡くなってから

家計も借金返済も出してきたのは私なのにって

時間が経つごとに怒りが蓄積されてった




長男、長男ってさ

肩書が大事なのかよって

実績は意味ないのかよって

すげーー悔しかったかも

 

 

 

兄に対しても姉に対しても

私が勝手にコンプレックスを持っているのかもしれない

兄や姉が放つ言葉に勝手に傷ついているのかもしれない

 

 

でも私は

私を傷つける人と一緒にいたくない



かつて

姉の言葉、兄の言葉に傷ついたから

もう傷つくのは嫌だから

だから全員揃ったあの場にいたくなかったのかも

(旦那さんも同じだし)

 

 

去年のお正月までは

自分にこんな傷があることさえ気づかなかった


その傷がまだ癒えてなくて

また傷つくんじゃないかって怖くて

 

 

(本人達にはそのつもりはなかったんだろうけど)



こいつら、また私を傷つけるんじゃないかって

気を張ってたのかな~

実家にいる間中ずっと

 

 

私…、結構繊細なんだな

本当は傷ついてたんだな

 

 

その時は傷ついたってひどいって言えなかったな

ガンガン言い返したり

なんとも思ってないフリして

必死に痛みを感じないようにしてたな



結局、この年末年始は

今まで蓋していた感情を

色々感じてて疲れたのかもな



なんか…

感じたくない感情出すのも

重くて苦しくてやだけど



ずっと持ってるのも嫌になった



今まで持ってはいたんだろうけど

意識してなかったから

持ってること自体を苦しくは感じてなった



 今はあることに気づいちゃったからな

もうないことにはできないな