高校時代の友人2人が、それぞれの子供を連れて


はるばる遊びに来てくれた。


本当に、わざわざ遊びに来てくれるのは、ありがたいことだラブラブ





しかし、友人達到着後早々に、かなりショッキングな場面に出くわしてしまった。


そう、タイトル通り、平手打ち。


頬っぺたを平手打ち。




彼女はもともと、しつけとして叩くと公言していたのだが、


それでも、人のうちに来て、容赦ない平手打ち。


来て早々、さぁご飯食べ始めましょうかってテーブルについて早々、

その子が食べたくないとお皿を落とす子で、それをしたらバチーン!

しかも、頬っぺた。

あまりの展開の早さに、驚きすぎて、


はっきりと回数を覚えていないけど、2回以上は叩いてた。





私だって、全く叩かない訳じゃないけど、


相当我慢して我慢して、それでもって時に手が出てしまう感じで、


言う事聞かなかったら即ビンタ、ではない。


しかも、頬っぺたビンタは、本当に自分がどうかしてたと


あとで反省してしまう。


めったにない事だ。




家でもこの調子で言う事聞かなかったら、ビンタしているのか、と


恐れ入ってしまった。




ああまで堂々とやっていると、


他の人にどう言われようが、私はこうやってしつけているから、という


信念みたいなものが感じられ、何も言えなかった。


それ以外では、子供に冷たいとかいう事はないので、


本当にしつけのやり方なのだと思う。




すごくショックだったのは、多分、彼女の姿を見て、


そうしている自分が想像できてしまったからだと思う。


私はなるべく言って聞かせていきたいと思ってはいるが、


感情的になって、手が出てしまう事だってある。


その時の私が、はたから見ると、


今日の彼女の様であるということが、分かった。




子供は叩かれて泣いて、なんで叱られたか分かっていないようだった。


ただ、叩かれたのが、痛くて嫌で悲しくて泣いているような。


大人も子供も感情的にどなって、泣いて・・・




叩いたり大声で分からせるのは、私のやりたい子育てではない。


彼女は、そういうしつけをすると言ってしているのだから


彼女の考えからみるとしごくまっとうな行為であるが、


私が彼女と同じような事をしては絶対にいけないのだ。


私は私のやり方を貫かなくては。




人の子育てを見ると、本当に三者三様。


正解はないのは分かっているけど、


今日のは、ちょっとショックだったな。




自分の普段のやり方が、私にとっての理想の子育てから


遠ざからないよう、見直すいい機会にはなったけど。


刺激が強かったなぁ。





息子にテレビを見せている間に、お皿を洗っていた時の事。


「チック・チック・トーン!トーン!」


私のお尻を両手で交互に叩き出した息子。


えぇっ?!ガーン


息子、嬉しそうにもう一度「チック・チック・トーン・トーン」♪


お尻をトントン♪てゆーか、ドンドン♪


・・・意味が分からず、思わず「止めてよー!えっ」と言う私。


でも、息子は「えっ、なんで?」てな感じで


懲りずに「チック・チック・トーン!トーン!」




テレビを見ると、「にほんごであそぼ」で、


うなりやべべんが「チック・チック・トーントーン」と


三味線弾きながら歌っている・・・。


だが、当然尻など叩いていない。




「チック・チック・トーントーン」の出所は分かったが、


お尻を叩く意味が分からん。




しかも、場所が場所名だけに、なんとなく不快


・・・とは行かないまでも、愉快ではない・・・




で、最近また「にほんごであそぼ」を見ていて、


お尻の謎が解けた。




どかんと椅子に腰掛けたKONISHIKIの


肩をたたく小さな子供2人。


そして、あの「チック・チック・トーン・トーン」を口ずさんでいる!




そうか、あれは尻を叩きたい訳じゃなくて、


肩を叩きたかったのか!!


というか、肩叩きという行為を知らないから、


誰かの体をトントンする時の合言葉として


「チック・チック・トーン!トーン!」を覚えたのか!?




そうか。そうか。


肩叩かれてKONISHIKIは気持ちよさそうな顔をしているし、


きっとママも喜んでくれるだろう、と思って


嬉しそうにお尻を叩きにきてたのね。


かわいい奴めニコニコ




こういう、ちょっとよく分からない行動も、


実は息子なりの考えがあって


(たいてい、優しい気持ちや、かわいらしいユーモアから)


出てくるものなんだなぁ。


すぐに「止めて!」なんて言ってはダメだな、と


ちょっと反省した一件でした。




先週の遠出、思い切ってバギーなしで行ってみた。


水筒とおもちゃを息子に持たせたら、行きも帰りも担いでいたし、


普段はフラフラ一人で歩いてしまうのに、手をつなげたし、


帰ってから、道中のあれこれを思い出したら、


息子の成長を実感し、ジーンとしてしまった。


この子も、ちゃんと大きくなっているんだなぁ、って。


移動中も、ずーと二人でおしゃべりしていて、


とにかく本当に楽しいお出かけだった!




そして、週末は、母のお見舞い。


いつもどうり、主人と息子は外で遊んでいてもらい、一人で行くと、


母が車椅子に乗せられ、ぽつねんとナースステーションにいた。


今までは行くと必ずベットに寝かされていたので、


一瞬人違いかと思ったけれど、


看護師さんに声を掛けると、「離床(退院の事だろう)近くなので、


ご飯食べて暫くはこうして車椅子に座っているんです」とのこと。


「食堂に移動させますね」と、母と私が食堂に残されたのだけれど、


母は何もしゃべれないし、こちらも何を話しかけていいのか・・・。




そこで、入院して初めて息子を母に会わせてみた。


今までは、手術後でぐったりしていたし、私でさえ誰だか分からない様な


顔をされたりしていたので、息子を見せても無反応かもしれないし、


却って混乱させるだけかもしれないと、避けていた。


息子にとっても、やつれた母(今までもあまり会っていないので、


おばあちゃんとは認識していないと思う・・・)の姿を見るのは、


ショックを受けるだけなのではないかと。





でも、先日は間違いなく「私を知っている人」と理解したような感じがしたし、


言葉が不明瞭なので、分からないのがどちらも悲しいが、


もしかしたら私として認識してくれた様なので。




会わせて良かった、と思えた。




怖がるのではないかと心配していたが、息子は「ちょっと変だな」と


いう顔をしながらも、パパとママもいるし「おばあちゃん」だと言っているし、


「おばあちゃんなんだな」という感じで、リラックスしていた。


笑いかけたり、母のコップにお水を分けてあげたり、


車椅子をいじってみたり、押してみたり、


母の伸ばした手を触ってあげたり・・・。


時折反応が返ってこない時などは、困ったような顔をしていたけれど、


それよりも、車椅子や病院の食堂など、普段ない空間を楽しんでいるようで、


息子の優しくも楽観的な性格を、この日ほど喜ばしく思ったことはなかった。





母も、息子の姿に何度も微笑んでくれた。


そして何度も私に話しかけさえしてくれた。


本当に悲しい事に、それはもう私にはほとんど伝わらないのだけれど。


息子を見て、私を見て、何か伝えたそうに、


私の目を見て、優しい目でうなずいてくれた。


あの時は、私を私と認識していたくれたのではないかと思う。





食堂の窓はブラインドが下がっていて、明るいけれど外が見えないので、


車椅子をおして4人で、外の景色が見える場所を探してみた。


誰も入っていない病室から駐車場と病院の入り口と雑木林が見えたので、


そこに少しいた。


「バスがここまで来るのかな?」と私がなんとなく言うと、


うんうんとうなずいた母の口が「くる」と言っていた。





本当に、嬉しい時間だった。




食堂に戻って暫くすると、母が苦しそうにむせて、


お水を少しもどしてしまったので、看護師さんにきてもらって、


その流れで、帰ることにした。




いつも帰る時は、母は悲しい顔をする。


眉根をよせて、不安そうな顔をする。


その顔を見るのは、なかなか辛いことだ。




が、母はもっと辛いのだろう。


どこまで状況を把握できているのか分からないが、


すべてを把握できないだけで、何の不安も感じない訳ではないのだ。


けっして。


母は、自分で考え、感じている。




この先、母は何年生きるか分からない。


だけど、どんな状態になっても、


母は母であり、たった一人の娘である私は、


娘として母に会いに行きたいと思う。