先週の遠出、思い切ってバギーなしで行ってみた。


水筒とおもちゃを息子に持たせたら、行きも帰りも担いでいたし、


普段はフラフラ一人で歩いてしまうのに、手をつなげたし、


帰ってから、道中のあれこれを思い出したら、


息子の成長を実感し、ジーンとしてしまった。


この子も、ちゃんと大きくなっているんだなぁ、って。


移動中も、ずーと二人でおしゃべりしていて、


とにかく本当に楽しいお出かけだった!




そして、週末は、母のお見舞い。


いつもどうり、主人と息子は外で遊んでいてもらい、一人で行くと、


母が車椅子に乗せられ、ぽつねんとナースステーションにいた。


今までは行くと必ずベットに寝かされていたので、


一瞬人違いかと思ったけれど、


看護師さんに声を掛けると、「離床(退院の事だろう)近くなので、


ご飯食べて暫くはこうして車椅子に座っているんです」とのこと。


「食堂に移動させますね」と、母と私が食堂に残されたのだけれど、


母は何もしゃべれないし、こちらも何を話しかけていいのか・・・。




そこで、入院して初めて息子を母に会わせてみた。


今までは、手術後でぐったりしていたし、私でさえ誰だか分からない様な


顔をされたりしていたので、息子を見せても無反応かもしれないし、


却って混乱させるだけかもしれないと、避けていた。


息子にとっても、やつれた母(今までもあまり会っていないので、


おばあちゃんとは認識していないと思う・・・)の姿を見るのは、


ショックを受けるだけなのではないかと。





でも、先日は間違いなく「私を知っている人」と理解したような感じがしたし、


言葉が不明瞭なので、分からないのがどちらも悲しいが、


もしかしたら私として認識してくれた様なので。




会わせて良かった、と思えた。




怖がるのではないかと心配していたが、息子は「ちょっと変だな」と


いう顔をしながらも、パパとママもいるし「おばあちゃん」だと言っているし、


「おばあちゃんなんだな」という感じで、リラックスしていた。


笑いかけたり、母のコップにお水を分けてあげたり、


車椅子をいじってみたり、押してみたり、


母の伸ばした手を触ってあげたり・・・。


時折反応が返ってこない時などは、困ったような顔をしていたけれど、


それよりも、車椅子や病院の食堂など、普段ない空間を楽しんでいるようで、


息子の優しくも楽観的な性格を、この日ほど喜ばしく思ったことはなかった。





母も、息子の姿に何度も微笑んでくれた。


そして何度も私に話しかけさえしてくれた。


本当に悲しい事に、それはもう私にはほとんど伝わらないのだけれど。


息子を見て、私を見て、何か伝えたそうに、


私の目を見て、優しい目でうなずいてくれた。


あの時は、私を私と認識していたくれたのではないかと思う。





食堂の窓はブラインドが下がっていて、明るいけれど外が見えないので、


車椅子をおして4人で、外の景色が見える場所を探してみた。


誰も入っていない病室から駐車場と病院の入り口と雑木林が見えたので、


そこに少しいた。


「バスがここまで来るのかな?」と私がなんとなく言うと、


うんうんとうなずいた母の口が「くる」と言っていた。





本当に、嬉しい時間だった。




食堂に戻って暫くすると、母が苦しそうにむせて、


お水を少しもどしてしまったので、看護師さんにきてもらって、


その流れで、帰ることにした。




いつも帰る時は、母は悲しい顔をする。


眉根をよせて、不安そうな顔をする。


その顔を見るのは、なかなか辛いことだ。




が、母はもっと辛いのだろう。


どこまで状況を把握できているのか分からないが、


すべてを把握できないだけで、何の不安も感じない訳ではないのだ。


けっして。


母は、自分で考え、感じている。




この先、母は何年生きるか分からない。


だけど、どんな状態になっても、


母は母であり、たった一人の娘である私は、


娘として母に会いに行きたいと思う。