「……潤…?」
ベッドの中から呼びかけた。
返事どころか気配もない。
枕元の灯り。時計。
なんでいなくなるんだよ。
自分はそう言って俺を責めたくせに。
目が覚めたら真夜中で、ひとり。
空腹すぎてきもちわるい。のどの渇き。裸で、体中が軋むように痛い。監禁された気分で途方に暮れながら天井を見つめる。
数時間前の行為がフィルムのように写し流れる。あいかわらず受けとめることに精一杯だった。羞恥と快楽を。潤の気遣いを。思い出すとまた体が熱を帯びかけて、あわてて起きあがった。
熱いシャワーを頭からかぶって冷静をとりもどす。鏡にうつる自分と、皮膚に残されたものを不思議な気持ちで眺める。最初のときはなかったそれが、どうして今日はあるのか。
ていうか遅い。なにやってんだこんな時間まで。…なにかあった? 事故、とかじゃないよな…。連絡先を知らないことに今さら気づいてうろたえると、すりガラスの向こうから灯りと音がこぼれた。
「潤…?」
細くドアを開けてゆれる影に呼びかける。
無性に声がききたくて。
「あ、翔くんただいまぁ 起きてたんだぁ?」
……俺の心配返せ。こっちの不安も知らずにでかいあくびして、その場で服を脱ぎだすと断りもなく入ってくる。眠たげな笑顔と冷たい手で頬を撫でられた。「ただいまぁ」と。その顔をみたら、抱きしめないでいられなくなった。
「お、さっそく大胆で (ぺしっ) いってー」
「遅い。どこ行ってたんだよ」
「バイト行くっつったよ俺」
「知らねーよ」
抱きしめ返される。つよく。
「返事したくせに…」
「ん」
顔をあげて主張してくる。
ふせたまつげに見とれて、手が止まった。
「ん。んんんんん」
しびれを切らしたのか、くちびるをとがらせて足をジタバタさせながらなお求めてくる。子供か。泡にまみれた頬を引き寄せて、ふれるだけのささやかなものを。それでも本人は満足したようで目を閉じたまま歯を見せて笑ってる。
「わ、ぺ、泡入った、おぇ、ぺぺっ」
「翔くん、さすがにそれひどくない?」
そんなつもりはなかった。断じて。
ニヤニヤしながら「今度は俺が洗ってあげる♪」 からの展開はなんとなく予想がついたし、だから申し出は断ったし、いいかげん腹が減りすぎてこっちはそれどころじゃなかった。はずが。
ボディソープを泡立てた両手は迷いなくそこにのばされて、拒否の言葉より先に吐息をもらして反応したことに自分が驚いた。だってさっき、たった数時間前あんなにした…のに…。
「翔くん 声」
首筋が弱い。それをわかっているくせに、噛みついておいて「お隣さんから苦情くるよ」 なんてどの口が言うのか。イヤならやめろと言い返したいけど、舌とくちびるでふさがれたからそれも叶わなかった。
「風邪ひくよ」
「……おまえのせいだバカ」
スウェットの下だけはいて力尽きて倒れこむ。結局最後はお互いのものをにぎりあって。だから、…腹減ってんだってば。昼からなにも食べてない。声も出せずにぐったりしていると、ぴとぴと口元になにか押しつけられていい匂いがする。
「食べる?」
逆さまの顔が笑ってる。押しつけられたそれが視界に入ると、なにごとかをわめいて無心で口に運んだ。極限の空腹状態でおにぎり。泣くって。しかも店内調理のちょっといいやつ。
「ど? おいし?」
「ぅんまっ」
「最初にチーズとおかか混ぜたやつ神だよね」
「たしかに」
真夜中。
お互いにドライヤーで髪を乾かしあいながら無心でおにぎりを頬ばる。なんでこんなことしてるんだっけ?ふと我にかえって、ふりむいて潤を見上げる。笑ってる。だからこれでいいことにした。
「翔くんそっち」
言われるままベッドの壁側に横になる。埋もれそうなほどのクッションに囲まれて、その腕の中にすっぽりと包まれる。心地いい。自分も潤の背中に腕をまわした。
あのときとおなじ。
けど今夜はすこしちがう。
ふたりでした。いろんなこと。
買い物もきもちいいことも。
シャワーも食事も歯みがきも。
そうして、いっしょにふとんにはいる。
「翔くん」
「ん」
「ありがと」
「ん?」
「好きだよ」
「、ん」
「好きだよ?」
「……ん」
「ねぇ好きだってばぁぁ」
「…………ん…」
ちぇ、と言う。
おなじ言葉を欲しがっているのがわかるのに、どうしてかそのひと言をためらう。見返りを諦めたらしく、ため息をつくとくちびるでまぶたにふれてきた。
「あしたは朝メシ食うからね?」
「…………」
「ね? いっしょに食うんだからね?」
「…わぁかったから…、もう寝ろ」
「ふふ、やった。おやすみぃ」
「……ん、おやすみ…」
なんの違和感もない。
もうずっとこうしてきた気がした。
ゆうべも。そのまえも。そのまえもずっと。
すぐに寝息が聞こえはじめる。
あいかわらずふせたまつげに見とれた。
ぜっ たいおきるなよ、と、心の中で。
「……潤…」
身をよじってくちびるをよせた。
言葉にしなかった想いと、いっしょに。
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