先日、神との対話を再読(5回目)をした際に「第一章」に深い真実が書かれていることに気づきました。

一番最初に一番深い真実が書かれているから『神との対話は難しい』とされるのはないかと。

裏を返せばこの第一章を読みこなせれば、神との対話は読みこなせるのです。

この詳細記事を読んで、難しさを払拭して神との対話の世界観を堪能して下さい。

その時、あなたの視座はひとつ上に上がることでしょう

 

※この記事、神との対話①第一章詳細解説記事を創るきっかけはこちら

 

P46

『あらゆる生命の目的はひとつしかない。あなたがた、そして生きとし生けるものすべての目的は、できるかぎりの栄光を体験する、ということだ。

話ししたり、考えたり、行動したりするのもみな、この目的ためだ。魂がすることはほかになく、魂が望むこともほかにはない。』

 

「できるかぎりの栄光を体験する」

この言葉に魂が反応しませんか?

そしてその状態を想像できるのではないでしょうか?

なぜなら、過去にその体験をしているからです。

 

今世はそのさらに上をいく体験をしてみませんか?

そう想像すると魂がワクワクしてきませんか?

 

『この目的のすばらしいところは、決して終わりがないことだ。終わりとは限界であり、神の目的にはそんな境界線はない。できるかぎりの栄光を体験できたら、その瞬間にもっと偉大な栄光を想像するだろう。栄光を体験すれば、あなたはさらに栄光を体験できるようになる。

最高の秘密は、人生とは発見ではなく創造のプロセスだということだ。

あなたがたは自分を発見するのではなく、自分を新たに創造していく。だから、自分が何者であるかを知ろうとするのは、もうやめなさい。そうではなく、何者になりたいかを考え、そうなろうと決意して努力しなさい。』

 

 

「人生とは発見ではなく創造のプロセスだということだ」

ここも社会通念・固定観念と大きく違う点です。

過去の固定観念の人生

⇒人生は新たなことを学び、発見する旅であり、結果がゴールである。だから、結果がすべてである。

 

神との対話の人生

⇒学ぶ、発見、ではなく本当の自分を思い出し、そして常に自分を新たに創造する永遠の旅

 

同じことを何度も繰り返し、そこから新しいことを体験する旅。そして旅に終わりはない。

らせん階段を上がるように、同じような景色(体験)を何度もみながら、魂の進化を続ける。

結果はただの通過点であり、プロセスこそ重要である

 

全く相反する考え方で、この新しい概念を受け入れることはできますか?

 

7月11日更新