先日、神との対話を再読(5回目)をした際に「第一章」に深い真実が書かれていることに気づきました。

一番最初に一番深い真実が書かれているから『神との対話は難しい』とされるのはないかと。

裏を返せばこの第一章を読みこなせれば、神との対話は読みこなせるのです。

この詳細記事を読んで、難しさを払拭して神との対話の世界観を堪能して下さい。

その時、あなたの視座はひとつ上に上がることでしょう

 

※この記事、神との対話①第一章詳細解説記事を創るきっかけはこちら

 

P44

『人間の考え、言葉、行為のすべては、どちらかの感情がもとになっている。ほかに選択の余地はない。これ以外の選択肢はないからだ。だが、どちらを選ぶかは自由に決められる。』

 

「愛」か「不安」か、という選択さえ神は私達に「自由」を与えているのですね。

そして、神は「自由」とそれにともなう「責任」を私達に与えているのです。

 

『不安を抱えて生きるように教えられているからだ。あなたがたは、適者生存、いちばん強い者が勝利を得る、いちばん利口な者が成功すると聞かされてきた。いちばん愛らしいものの栄光については、ごくわずかしか語られていない。だから、―いろいろな方法でーあなたがたは、適者になろう、いちばん強くなろう、利口になろうと必死になり、どんな状況でも、少しでも劣っていれば負けてしまうという不安におびえる。子供のころからずっと、劣った者が負けると言い聞かされてきたためだ。』

 

今の学校教育や現代の経済社会がまさにこの仕組みになっていますね。

やれテストだ、受験だ、昇格試験だと、まさいに劣っていれば「負け」という仕組みになっていて、不安を助長しているだけです。

 

大きな不安が今の地球を創っているのです。

だから中々、過去の固定観念から抜け出せないのです。

この固定観念を捨てる、もしくは更新することが必要なのです。

 

7月11日更新