こないだ性善説を記事に置いた時に半年くらい続くと思ったの。それがどうなるのか想像はつかないままだったけれど。

日本だけの話をするよ。このままだとガソリンだけでなく物価も上がるし電気代も上がる。原油だけでなく火力発電の天然ガスや石炭すら頼ってる現状で、あらゆる変化は起きると思うの。日常の生活に直結する部分なら、おとなに限ると移動手段もお金がかかるから徒歩や自転車増えるかもだし、在宅ワークが増える…だろうか?そんな単純だろうか?水道だって電気で動いてる。電力が厳しくなれば節電。今はまだマシかもしれない。夏になれば?

既に停電続きの国は出ている。

次はキューバなんじゃないかと噂もある。

アメリカはもっと単純に2、3週間くらいで終わると思ってたんじゃないだろうか?今、地上戦すらアリだと言ってる。イランにはその力がないと日本のニュースは言ってる。本当なんだろうか?トランプ氏から本音が出てる。イランに対して望んでるのは原油だと。こんな国から身を守るのに核兵器以外の何があると言うんだろうつもりなのか。攻撃の理由は核兵器開発だったよね。

こないだガザ地区に残っていた国境なき医師団の最後の1人も撤退させられた。というより国から追い出された。イスラエルもこの機に乗じてやりたい放題。知ってる?国境なき医師団てボランティアなんだよ。あらゆる軍が引いたあと、1番最後に撤退するのが国境なき医師団。

アメリカとイスラエルこそ悪魔なんじゃないかとすら思う。だけどたくさん死んでる中でこんな話してる自分はじゃあ何なんだ。

今は泥水の中で泣いてる人が見える。



私は誰に対しても平等でいたいと思ってる。それは同じ対応をする事じゃない。この2つは昔から言ってきた。

それは性善説にでてくる、自分が正しいと信じている時は他方からは悪だと思われてる。そもそもが善が存在するというのはどこかに悪が存在している。あなただけがわたしの善なのよ。それはわたしは悪だと言っているんだとも思ってる。

そうなんだよ。世界が平和であるために悪が必要なのならわたしが悪になれればいいのに。何にもできなくて手の届くところだけでも、そう生きてきたけれど。結局何にも変わらなくて。誰かを助けることはどこかで誰かを蹴落としてるんじゃないかとそれはずっと思ってはいた。帰ってきた部屋の明かりをつけるためにスイッチを押すか押さないか。そんな部屋の明かりだけでも人の気持ちは揺らぐ。私は揺らぐ。いつも悩む。点けるか点けないか、私は悩むんだよ。

駅前で倒れた人に救急車呼んで声かけ続けて、無事運ばれる時にホッとした。でもさ。それを他にも必要としてた人がきっといるんだよ。その人はどうなるんだろう。そんなこと考えなくていい、あの場で動けた事が凄いと皆言うけれどそれは本当?保育園の時の徒競走と同じ。転んだ子を置いて走る意味があるの?1等ってそんなに凄いことなの?どうして走れってみんな言ってたの?


オメラスのように誰かひとりの犠牲の上に平和が成り立つのならそのひとりになるのもいいかもしれない。でもその覚悟はできないのは解っているし、そもそもがその上に成り立つ平和に甘んじる事を良しとしない人がいるのは当たり前。その犠牲を知ってオメラスから去っていく人々がいるのだから。私ならできるのならそのひとりを皆の前に連れ出して、これが私たちの平和なんだと全員に見せてつけてやりたいと思ってしまう。

人の心は1枚に纏められない。それぞれの思想で生きていて、それぞれに善悪の基準は違う。ならこの世界に平和って存在するの?

誰か教えて。

わたしにはもう解らない。目の前の事にできることだけをするけれど、してきたけれど、それは意味があった?いつだってわたしにはわたしだけが悪に見えるんだよ。カダフィ政権のニュースの時と同じなんだよ。もうこの話はわかる人だけ分かって。この話は長くて書けない。


替りにもう一度置いておく