両親共働きで
比較的裕福・安定感のある家に逃げ込んでいる
引きこもりニートの「俺」。

就活に失敗したことが、かなりのトラウマになっている。

二十代後半になっても
自室に閉じ籠もりオンラインゲーム漬け。
将来への展望は何も無い。

死ぬまでこの ぬるま湯のような生活を続けるつもり。


そして
親に対しては、屁理屈や不平不満しか言わない。



そんなある日
「俺」は、ついに両親に愛想を尽かされ
離島の 薄汚れた、元 研修施設だった建物に送り込まれた。


このままでは生活が立ち行かなくなる!

考えた末「俺」は
下宿代目当てに
自分と似たような境遇のニートたちを募って
この 元 研修施設で
"共同生活"を始めることにする。


新しい仲間や
穏やかな島民と交流するうちに
「俺」の閉じた世界が少しずつ広がっていく…






まず、作品タイトルの『二百十番館』の

二百十とはなんなのか と。



主人公「俺」が、亡くなった伯父から相続した離島の建物に

最初からついていた、何か由緒正しき名称かと

思いきや



家賃収入を当て込んで

その建物をニートの下宿として活用しようと決めた「俺」による命名で


"二百十(210)" = "ニート" の

語呂合わせなのだった。





大学在学時の就活に失敗して

日がなゲーム三昧な

引きこもりニートになった「俺」。




…最近の小説にありがちな

この手の登場人物が出ると


我が子が、こうなりかねんよな と


現状ゲーム三昧な学生の息子を横目に

ちょっと心配になるが




そこはまあ、まだ訪れぬ未来なので

不安になっても仕方ない と

その思いをどこかへ追いやって、読み始める。



別に

息子がヒッキーニートになったときのために

参考にしようと読むわけではないが。




作品内では

てんやわんやあるけど

概ね、うまいこと全てのコトが運んで

ハッピーエンドの大団円を迎える


まあ、安心感のある内容。





読み取ったことは




過去の失敗のせいで

未来のことが怖くなっても


恐れてうずくまってるだけじゃ

何も解決しやしない。




現実から逃げるため だけの 自己正当は

なんの役にも 立たない。



ということ。




あと

なんだかんだいっても


親ってありがたい。




この作品が描くのは

性善説の やさしい世界。



こうじゃない、厳しい現実も結末もあるはずで。

それはまあ、また別のお話。




コレは

安心して読めます。