『新選組血風録』
~第五話「海仙寺党全滅」~
斎藤一キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!
いやいや、
左右田一平キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!
司馬さんの原作では「海仙寺党異聞」という題名で、しかも主人公は斎藤一ではなく長坂小十郎という隊士になっています。
何故ここで敢えてメインを斎藤一に持って来たのか、それは知る由も有りませんが、このエピソードによって今後の『新選組血風録』における斎藤一の役回りが決定付けられたと言っても過言ではないと思います。
さてこの斎藤一(演ずるは左右田一平さん)。
播州明石藩脱藩浪士で、新選組三番隊隊長を務め剣術師範頭をも任されていた剣の達人です。
第一話で近藤局長愛用の虎徹を目利したのも彼です。
壬生の「浪士組」時代から参加していた隊士としては長命で、晩年は様々に名前を変え諸処を転々とし、没は大正四年(1915)九月となっています。
しかしこの斎藤という男に関しては謎の部分が多く、伝え聞きや語り遺しとして現存する文献書簡のみがこの寡黙な剣士を様々な像として現しています。
大酒飲みだった
とか、
左利きだった
とか、多くの諸説が真偽定かでないままに現在に伝え遺されています。
この第五話までに数度登場した斎藤ですが、それまでの描き方を総合すると、
・播州出身だが訛りが無い
・剣術(この中には種々の格闘術も含まれる)に長けている
・知略、甚だ頗る
・寡黙
とまぁ、こんな感じでしょうか。
こんな、史料も少ない剣客を見事に演じている左右田さん、さぞかし色々な苦労があったと思われます。
司馬さんの原作「海仙寺党異聞」では長坂小十郎という甲州浪人隊士がメインキャラになっています。
同郷の中倉主膳が情婦宅で背中を斬られた、という事件が発端となります。
極端な倫理観を掟としていた新選組にとって、
背後から斬られ、尚且つその斬った輩を取り逃がした
となると、これは局中法度書の
「士道不覚悟」![]()
に中るとして、切腹という処置になるわけです。
果たして、中倉の介錯役にこの長坂が担当となります。
そして話の流れは中倉の仇討ちとして長坂が出向くという形になってしまいます。
中倉を斬った一味は水戸藩従士・赤座智俊率いる一派で海仙寺を分宿としている事が監察から報告されました。
長坂は単身、海仙寺に行き、赤座以下水戸藩士四人を斬り殺しました。
この司馬さんの話とは主人公が異なりますが、子母澤寛さんが著した『新選組始末記』で同様の話が田内知という平隊士の名前で描かれています。
この中でも矢張り田内は妾宅にて背後から斬られ、そのまま新選組本陣に戻った事を近藤局長から諌められ、切腹。
時は慶応元年(1865年)とも三年(1867年)とも言われていますが、何れにせよ、あの伊東甲子太郎参入以降の事と思われます。
ドラマでは前述の通り、長坂小十郎の役回りが斎藤一に置き換わっています。
明石藩時代の剣術稽古仲間だという中倉を入隊させ、情婦宅で士道不覚悟の傷を負わされた中倉の為
──彼を入隊させた自身の責任と、中倉の名誉の為──
に単身海仙寺へと乗り込む斎藤。
たった一人で彼等を片付けたのを知った土方は、斎藤の腕前と剛胆に驚くばかりです。
偶々この討ち入りを知った沖田が駆け付けた時には、事は全て終わっていて、
「もう済んだよ。済んだんだ…」
と斎藤は言います。
このシーンの逸話として。
海仙寺のロケーションとして使われたのは、京都市中の然る古寺で、撮影時の三月にしては異常に寒い夜だったそうです。
しかも、左右田さんは風邪を抉らせ関節痛と倦怠感が体中を巡っていたとか。
カメラが回っている間は、そこは流石の役者魂、メインの殺陣ですから気合も入ったのでしょう。
カット!の声で体中の力が抜け、幾度にも渡った撮影も何とか終了。
前述の、沖田が駆け寄る場面での台詞は、左右田さん本人の実感がそのまま口をついて出たものだったそうです。
斎藤と沖田が将棋を指す場面が出て来ます。
いくら腕に覚えのある剣客集団とはいえ、やはりこういった息抜きの時間も多分にあった事でしょう。
特に新選組が発足して間も無い時期には、主たる活動内容は京都市中巡邏でした。
そんなに毎日々々人斬りしていた訳ではないんですよね。
だから、こういった仄々としたシーンに、隊士同志の繋がりを連想させられるわけです。
この斎藤VS.沖田の将棋指しは、これからも度々登場します。
そしてこの何気無いシーンが、沖田の最後を描いた第二十四話「風去りぬ」へと引き継がれて行くのです。
果たして、結局は何勝何敗だったのかも気になりますが…
さて、ここで、この斎藤一を演じた左右田一平さんについて。
生まれは北海道札幌市。
昭和五年(1930年)七月十日。
つい先日が御誕生日だったんですね。
七十七歳ですか。
本名は広田信夫。
芸名の「左右田一平」は、
「そうだ、いっぺい(一杯)飲ってから考えるとするか」
というのから来ているそうです。
これは俳優になる前に友人と一緒に名前を考えていた時のエピソード。
中学三年の時に終戦を迎え、昭和三十年に中央芸術劇場入団。
後に東京芸術座団員として舞台やTV、映画に多数出演。
現在はフリーの役者さんとして活動されています。
『新選組血風録』出演当時を振り返って語られたインタヴューで、
「斎藤一と自分は、持っている感覚が近いような気がします」
とあり、当時さほど資料のないままこの役柄を演じる事になった左右田さんが、そのまま斎藤一に成り代わっていった感じが画面からも受け取れます。
水戸藩士・赤座智俊には東映の楠本健二さん。
この二番手役として出演されているのが、後作『燃えよ剣』で原田左之助役となる西田良さんです。
第一話「虎徹という名の剣」や第四話「胡沙笛を吹く武士」等にも斬られ役としてちょこちょこ出演されています。
所謂、大部屋俳優の扱いだったのでしょう。
ちなみに、新選組二番隊伍長・島田魁役の玉生司郎さん。
『燃えよ剣』で斎藤一の役柄を担当しています。
左右田さんは裏通り先生という町医者役でレギュラー出演となります。
新選組隊士の面倒を細々と看るキャラクターなので、玉生さんの斎藤一とも絡んでます。
『新選組血風録』を観た後に『燃えよ剣』を観ましたが、
斎藤一=左右田一平
というのが頭にありますので、当の本人が「斎藤クン」と玉生さんに向かって話す場面にはちょっとした違和感が生まれてしまいます。
裏通り先生=左右田一平=斎藤一
で、
斎藤一=玉生司郎=島田魁
と、何ともややこしい事になるわけです。
何か、自分でも書いていて訳が判らなくなってきました…
ともあれ、鬼の土方歳三が驚愕した剣豪・斎藤一の働きっぷりをとくと御覧あれ。
