昨日の午前中は恒例のアクション稽古でしたが、いつも教えて頂いております先生が急遽お休みとの事で、別の方が御登場と相成りました。


準備運動とストレッチの後は、四股立ち前屈20回
腕立て20回
脚上げ腹筋30回
背筋20回

ふぇぇ~…



「はい、今のもう1セットね」


えぇぇぇぇ~
せ、先生ぇぇ~




御陰様で、何年か振りでお股が筋肉痛になりました…
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チューリップの花壇前にて、はいチーズ涿

当人はジャッキーばりのダブルピース瓚をしているつもりなんですが…


下向きだし。


これぢゃあますます豚櫧の蹄に見えております。
ブヒィ~
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昨日は、妻と長女が歌舞伎を見に行ったので、次女を連れて国営昭和記念公園へ行ってきました。
八重桜が見頃で、他にもツツジやチューリップ等が見事に咲いていました。

たまにはこういう休日もいいですねぇ。

 4月に入って、街中で如何にもっ!!ってな感じの新社会人の姿をちょくちょく見掛けます。

勿論、酒場でも。


大概は上司若しくは先輩と思しき人達に連れられているのですが、殊最近特に食事の時のマナーの酷さが気になります。


例えば。

まず、箸の持ち方からして滅茶苦茶。

この子達の親御さんはどんな躾をしてきたのかなぁ・・・

と、その彼等の周りに居る上司や先輩達をふと見ると、これまた滅茶苦茶。

箸で人を指すわ、皿ごと箸で引き寄せるわ、グラスや皿をカンカン叩きだすわ・・・


はぁぁガーン

「お箸の国の人だもの。」

とやらは何処へ行った・・・


他にも、立ち振る舞いや仕草、その場所その状況に適した会話内容だとか、もぅ挙げ始めたら限が無いくらいです。

某金融会社がCMでやっている「大人のマナー」云々も、これぢゃぁ全く効果無しですねシラー

 一月振り程のブログ更新となりました。


都心部ではそろそろ桜も舞い散り始め、絶好の「京極堂ゴッコ」が出来る季節となりました。

漸く着物姿も身に付き始めたので、「中禅寺秋彦コスプレ」を一度はやってみたいですなぁ。


黒の羽織に黒の着流し。

黒手甲に、鼻緒だけ朱い黒下駄。


そこに舞い散る桜の花吹雪。


そして一言。


「あなたが──蜘蛛だったのですね」




うきゃぁぁぁあ≧(´▽`)≦

 刀道の昇段審査がありました。


私は昨年夏に入門したばかりなので、当然

無段→初段

という流れなのかと思いきや。


「折角だから、二段を受けちゃいなさい。」

と師範からのお達しが。



まぁ、結果から言ってしまえば二段合格出来たんですけどね。

でもそれだってかなりギリギリセーフ的な感じでしたし。

審査に落ちて当然なくらいにグダグダでしたから。


ま、取敢えずは晴れて有段者となりましたが、これからも精進精進。

 昨日、仕事からの帰り道。


対向から歩いて来た男性に突然、路を尋かれました。

此う云う事は頻繁に有る事で、ま大抵は昼間か夕方の明るい時間帯に

「駅はどっちですか?」

「○×センターはどう行けばいいですか?」

等と尋かれるのですが、件の男性と遭遇したのは夜中二時近く。

しかもその内容が、

「池袋はどっちだぃ?」


──へ?


 あのぅ此処は中野なんですけどこんな時間なので電車も終わってるし歩いて行くとすると相当の距離があるしいや例え歩いて行くとしても道順は線路沿いに行けばいいって云う様な単純なものぢゃないし・・・


そんな事が頭の中をドドドドッと駆け巡り。

男性の呂律が怪しかったので、あぁこりゃぁ酔っている御様子だなと思いました。

自分が現在何処に居るのかも把握出来ていないのでしょう。

兎に角、池袋までの道順を伝えたとしても、この御様子ぢゃぁ到底辿り付く事は出来ないと思い、

──あのぅ、タクシー使った方が良いと思いますよ

と進言。


結局、その男性はタクシーを停めるでもなく千鳥足で夜道へと去って行きました。


あの人、如何なったのか一寸気になります。

 先日の記事で放置した

「──其れはさて措き──」

について。


 何の前触れも無く斯の本を選んだと云う事は考え難いので、こりゃぁ何かあるぞぉと考えてみた結果。



理由其之壱。

 私の好きな京極夏彦氏の作品に『塗仏の宴』というのが有るのですが、此の作品中にバッチリ三面大黒天が登場します。

上下巻合わせて1200ペェジ──然も二段組──という小説としては膨大な内容の著作でして、たった一度だけ読み切ってしまっただけなので、細かい所迄はとてもじゃないけど覚えていない自信──極めて後向きな自信ですが──は有りました。

 処が。

矢張り一度だけでも目にしたと云う事もあるのでしょうか、記憶の海馬には明確に記録されていたのだと思います。

図書館の本棚に「三面大黒天」という文字を見付けた刹那、その僅かな記録が引き出されて来たのです。



理由其之弐。

 偶々訪れた、本所の法恩寺という御寺。

此処は日蓮宗の御寺でして、あの太田道灌公が開基したそうです。

日蓮宗では大黒天を祀るそうでして─所に拠っては別の御本尊が祀られているそうですが──はてさてここにも三面大黒天が登場しました。

この事は私は全く知らなかったので、此れに関しては全くの偶然と云わざるを得ません。




更に理由其之参。

 正月に両親と七福神巡りに付いてちょっとした会話が有りました。

毎年両親は都内の七福神巡りというのを年明け早々に行うのですが、その七福神の一人「大黒天」が何故「三面」なのかと云う事で一頻り酒席のネタとして持ち上がりました。

「三面」の神様というと、私なぞはどうしても「阿修羅」像を思い浮かべてしまいます。

──じゃぁ「阿修羅」と「大黒天」は同一の神様なのか──

──それにしては見た目が違いすぎる──

──元々のヒンドゥー教では同じキャラクターだったのでは──

等と、それ程ヒンドゥー教にも詳しくないくせに色々と論じてみたりして。

そもそもの「大黒天」ですら良く判っていないのに、況してや良く知らない「阿修羅」まで引き合いに出して論じていたのですから、所詮茶番です。

でも今思うと、この時の「大黒天」に纏わる会話も幾許かの影響があったのだと思います。



 まぁ、そんなわけであの本を選んだ、と。

自分の中ではそう云う結論を出しました。


ただそんだけの事でありんす。

『三面大黒天信仰』(三浦 あかね著)


 ある日。

何の考えも無くフラッと図書館に立ち寄り、何の考えも無く民俗学関連書籍のコーナーに向かい、何の考えも無く手にした一冊です。

その時は「何でこんな本を借りたんだろう・・・?」と、本を手にした当人が戸惑ってしまったのですが、後になってその理由が判りました。


其れはさて措き。


 本書では、七福神の一人(一神?)として民間信仰の厚い大黒天をテーマに、その起源や由来、信仰が伝播する過程での変遷、本邦に置ける祭祀寺社の紹介、更には一般人でも行える招福法までもを紹介している、謂わば

三面大黒天総合ガイド及びマニュアルブック

の様を呈しています。


 そもそもの七福神ですら全部挙げられない私ですが、流石に大黒天くらいはその容貌だけでも知ってはいました。


米俵の上に立ち、柔和な笑顔と恰幅の良いメタボリックな腹。

頭巾みたいなものを被り、弓手に大きな袋を持ち馬手には打ち出の小槌。

如何にも福を呼びそうなその御姿は、何とも愛嬌が有ります。


 ところが、この大黒天

由来を辿って行くと、何とも物騒な神様に行き着くというのですから、

こりゃまた吃驚仰天アイヤイヤー

詳しくは本書に有るのですが、まぁ詰まる所、長い歴史の中での伝言ゲームを経て多様な変化を遂げて来たと言う事でしょう。

仏教にしろ基督教にしろ──勿論云うまでも無く宗教のみならずなのだけど──その時代その時代で様々な解釈が為され、様々な宗派流派を生み、其々が対立・融合・淘汰といった流れを経て現在に至るのでして、どれそれのこれが正統だとかあれは邪で非なるものだとかはそもそも無意味だと思います。

大黒天の姿一つとっても、印度から中国──そして日本と渡って来た中で、三面六臂だの二面四臂だのと変化をして来ているのですから、況してやそもそもの教義等も変化せざるを得ないと考えても不思議ではないでしょう。


だって、所詮人が伝えていくものですから。


変化していく事そのものが悪いとか駄目だとか、そういう事ではありません。

そうなるものなのだ──という事を踏まえて理解し、自分の中で噛み含め、そして伝えていくものなのです。


例えば。


 Aさんが、「あぁ、これって実はこうなんだぁ。」と感じた、若しくは解ったとします。

其れは今まで誰も到達し得なかった考えです。

これをAさんは誰か第三者に伝えたとします。

この第三者をBさんとしましょう。

AさんはBさんに、

「これってさぁ、実はこうなんじゃないかと思うんだ。」

これを聞いたBさんは、あぁ成る程あれは実はそうだったんだと感じます。若しくは解ります

ところが此処で問題になるのは、AさんとBさんとは全くの別人だという事です。

物の考え方捉え方は個々によって全く異なります。

それは過去の経験やら環境、所謂その「個」が積み重ねてきた歴史の上にそれぞれ成り立っています。

言葉の上では「1=1」といった説明でも、人によってはその「1=1」が「1=2」であり「1=∞」という捉え方をするわけです。

 言葉で伝えようとする点に於いては、大なり小なり「齟齬」が生じ、その「齟齬」が後継されていく中で「齟齬」という範囲では収まり切らない「変化」や「変遷」となり、果ては全く別の事象として形成されていくのです。


この「齟齬」を埋めるという、云わば補助的な役割として、文字による伝達方法も一つ挙げられます。

仏教経典も翻訳・文書化され、基督教でも「聖書」という文書が伝えられています。

そうして言葉だけでは伝えきれないものを文字というものに置き換え、それでも尚、Aさんの感得した事をBさんに忠実に伝えることは不可能な事だと私は思います。

こうして、「ブログ」という一つの表現手段──受け手は此処に記されている文字情報のみを受け取るという事が唯一の手段──で私自身の考えなり思いを吐露していますが、これを書いている私自身の「思い」は受け手には絶対に伝わる事は有りません。

だったら、何故そんなものを書くのだと言われれば、それは単なる自己満足でしかないのです。

誰かに話したい──誰かに伝えたい──誰かに解って欲しい──自分の中だけで留めて置く事が出来ないから。

こんな話を聞いた──

こんな出来事があった──

こんな事を考えてみた──

正に世の中は井戸端会議の延長でしかないのでしょうね。




 あらま。

気が付いたら何だか文字の多い記事になってしまいました。

冒頭の──其れはさて措き──が放ったらかしになってしまいましたが、それはまた後日語ることとしましょうか。



そうやって放置され埋葬されたネタがどれだけあることか・・・

 久々の更新。


今月の4日に更新してからだから、廿日ぶりと云う事に成る。
これだけ長い期間更新しなかったのは初めてだ。
新しい事を書いていない──と云う事は、それだけアクセスも減る。
アクセスが減ると云う事は、Ameba Blogに置けるランキング順位も下がる。
いや、別にアクセスランキングの順位が上がっただの下がっただのは如何でも好いことなのだが。

 いや、それよりも。


このブログを更新出来なかった理由──それが私の語りたかった事なのである。



 そもそもは。


新年早々──いや、早々には更新していたのだから、暫く経って、というのが正しいか──

PCがいきなりクラッシュしてしまった。

パトカー(Police Car)のPCではない。

所謂パーソナル・コンピューター(Personal Computer)のPCである。

先ず、メール機能が全く使えなくなった。

携帯電話を持たない私にとっては、PCのメールが使えないと言う事は、死活問題になる。

日常の通信手段が絶たれるという事になるからだ。

一応、固定電話はあるのだが、何せ生活時間帯が昼夜逆転しているので。

──昼間電話されても、応答出来ないのだ──

そして、PCのメールが使えなくなったその後、更に追い打ち。


 なんと、インターネットに接続出来なくなってしまったのだ。


自身のブログも、mixiも、況してやお気に入りのアダルトサイトにもアクセス出来なくなってしまったのである。

そもそも、このインターネットというモノが大変便利だという理由の一つに、

──種種雑多な情報収集に役立つ──

という、何とも出不精な私にとっては大変有難い機能なのだが。

これが使えないというのは、PC依存に近しい状態に陥ってしまった私にとっては大変忌々しい事態である。


もぅ、兎に角。

メールは出来ないわ、ネット接続出来ないわ。

果ては。

全部最初からやり直そうとCD-ROMにリカヴァリーCDを突っ込んだら──


CD-ROMまでエラー表示。


もぅこうなったら、デジタル初心者の私にとっては全く手の内ようがNothing。



んで、仕方なく、知人の伝手を辿ってジャンク寄せ集めのノートPCを入手。

何とかネット接続は出来たものの──それ故にこうやってブログ更新も出来るのだが──

何とも不安な状態が今もって続いているのである。


色々と作業中に勝手に電源落ちるし。