明日は、阪神淡路大震災から24年目の1月17日です。

震災当時を思い出すと自らの考えが甘かったことを思い出します。

 

 

笑顔は大事です。医療に携わる仕事をしていると特にそのように思います。

 

 

震災より後ですが、以前大きな接骨院を任されていたときの事です。

 

私は名前だけの院長をしており柔整の学生も数名仕事をしてもらっていました。

 

そこでは鍼灸の先生もいらっしゃったので、喘息などの施術も行っていました。

 

お一人の患者様で、年配の男性が通院されており、その方も喘息の施術をされていました。

 

いつものようにその方は来院され、今日はすこぶる調子が悪いとおっしゃられて気分が沈んでいるようでした。

 

施術が終わり私にちょっと調子が良くなったと軽く笑顔を見せ会釈を交わし受付で会計中でした。

 

その時会計を担当していた学生の女の子が満面の笑みと、はっきりとした声でその患者様に”お大事に”と

 

言った瞬間、その患者様の表情が一変し”何が面白いのか!”と不機嫌になられたそうです。

 

担当していた学生の女の子は笑顔を注意され相当落ち込んでいました。

 

患者様は女の子特に若い女の子の快活そうな元気のある笑顔に若干の嫉妬があったのかも知れません。

 

患者様は苦痛の中来院しています、私は彼女に笑顔にもTPOがあることを教えていませんでした。

 

私にも同じ失敗があるのに....

 

 

 

震災当時私もまだこの仕事について間もない頃でした。病院のリハビリ室で仕事をしていました。

 

そこは大阪府八尾市、八尾空港が近く空港の敷地内に被災された方の為の仮住居が沢山建てられていました。

 

被災された方の多くは心身に不調をきたしておられました。その為私の勤務している病院にも多くの被災された

 

患者様がお見えになりました。その中にお一人40代の女性が来院され私が担当しました。

 

その方は体の状態を大変不安がられていました。お声も多少震えていたのかも知れません。

 

今思うとその患者様は体の不調と心の不調がつながっていたのだと思います。

 

その患者様とお話しする中で彼女が被災者であること教えていただきました。

 

その頃病院内では院長から被災された方には特別な注意を払って丁寧に接しなさいと言われていました。

 

私もまだまだ若かったのでどのように注意すればいいか全くわからなく、せいぜい考えた中では

 

こちらからの説明は最小限にして聴くにに徹しようと考えただけでした。

 

で施術が終わり最後に”大丈夫ですよ、徐々に良くなりますから”と歯を見せない笑顔でお声かけしたとき

 

彼女が突然声を震わせながら”何が大丈夫なんですか!”と私をにらみつけかえっていかれました。

 

私は一瞬のことに驚く間もありませんでした。

 

安心させようとした行為が全て裏目に出たのです。

 

あとでこれは当たり前のように思えました。被災された方殆んどが一瞬にして全てを失いました。

 

家族をなくした方もおられます。もっと考えれば故郷の景色も記憶にある全てを失くしています。

 

そんなときに若い男の笑顔と”大丈夫ですよ”なんてちんけな言葉が通用するはずもないです。

 

その後この患者様は再度来院された時に私に”あの時は失礼いたしました、全てに悲観して気持ちを

 

押さえる事ができなっかった”と言って頂けました。

 

その夜私は居酒屋で酔いに任せて泣いたのを覚えています。

 

 

 

先の話の会計を担当した学生に女の子と私は同じ間違いをしました。

 

これは笑顔や言葉に相手への強い意思を持った気持ちが足らなかったのではないかと思います、

 

気持ちは表情に表れます。それを読み取るのはきっとそんなに難しい事ではないでしょう。

 

 

今では気持ちが強すぎるのかもしれません。たまに自身でも暑苦しく思うときがあります。