ようやく免許獲得に向けておもーい腰を動かし始めました、私めです
今日の適性検査はなんだったの、アレ
/ばっかし引かせるやつとか、△ばっかし書かせるやつとか
/なんかは
「この生徒全ミスじゃねぇかゃwwwm9(^Д^)プギャー」
くらいの勢いで/引いてましたよ、ウソですよ、実際そんなに生徒が間違えたら
「…おいおい、マジかよ((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル」
くらいになります、はい。
さて
前回買ったモバイルバッテリー

こやつです、アマゾンさんで買ったコヤツ
こやつを使って旅に出てきました
東京→仙台(小牛田・石巻)→新潟→大阪→東京
2泊3日でこの行程でした、日程的に辛そうに見えるけど実際そうでもないのが不思議なトコロ
大きな目的としては
① 急行 きたぐに の見納め
② 373系 東京乗り入れ見納め
そして
③ 被災地の見学


583系はなかなか見られる機会がないのが関東圏の人間にとっては悲しいトコロ
きたぐにもなくなっちゃたし、一般人には見にくい車両になってしまったかも
このきたぐにさんにもたくさんお世話になった訳でありまして
いつかの日の東北旅行の時は
急行能登で北上して
寝過ごして糸魚川に行ったのもいい思い出
糸魚川で下りきたぐにに拾ってもらって暖をとったものです
自由席の広さ、っていうか足の伸ばせる具合、というか横になれる具合は
さすが往年の国鉄車、という風格を醸し出していました
こんなコストのかかる車両を持っておくのはたぶん合理性はないんだろうけど
やっぱり、今の車両にはないこの重厚な感じは残して欲しいものがあります
どうもこうも時代には勝てないのですな、残念
373系は、写真取り忘れたので割愛
18きっぱーには愛される車両だったのですな、いろんな意味で
ぼくも数回お世話になりました、大垣ダッシュもやりました、中2の夏w
懐かしい限りです
そして
本題の被災地見学
てめぇ何しにいったんだ、まじで、なんて言われそうですが
言われても仕方ないです、なにもしてないのは確かです
甘ぬるい気持ちで行ったのも確かです
好奇心がなかった、といえば嘘になります
でも、現状をこの目で見たかった、のも確かです
被災していない人間として、今の状態を見ておきたかった、なんていうと大げさかもしれませんが
やっぱり1年経ったいまだからこそ、というのはありました
気仙沼線は今でも柳津駅から先は不通
バス振替輸送でした
そして
途中駅、志津川駅

両脇の線路は脆くも流され

こんなにも押され曲がった手すりを見て、津波の恐怖を痛感しました

一年経った今でも、町内はこの通りで
一年経った、経ったけど、なにも進んでなかった、というのが僕の印象でした
もう少し先に行った歌津地区も

やはり変わらず、でも仮設商店街が建って、人が戻ってこようとしてる雰囲気は感じられました
歌津駅も



路盤が流されている状態で、早期復旧うんぬんなんて語れる様子はありませんでした
一年そこらじゃ、もとには戻らない、というのは当たり前ですが
でも、ここまで、とは想像していなかったので、絶句しました

やはり瓦礫なんかも山積み放置状態で
これも原因の一つだと、やはり感じます
瓦礫受け入れで御託を並べて拒否してるような行政組織もあるようですが
まぁお前はこの現実見てんのか、と
アホちゃうか、と
いろいろなことを考えさせられる旅行だったのは確かです
来年、もしも今の時期に時間がとれたら
また、同じ場所に行きたいです