土俵でガッツポーズの賛否2 | Kohのブログ

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続きです!

(果てしなく長文です)




『力士はなぜ四股を踏むのか』

工藤 隆一


  第3章 相撲は日本文化




    

・ 「土俵は単なる競技場ではない」

                                     

一見、土で固めて俵を埋め込んだだけの単純な構造の土俵は、相撲競技の舞台であり

神が降りてくる場所でもあるので細かな規定があります。


日本相撲協会寄付行為施行細則付属規定の「土俵規定」で明記されています


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土俵が構築されると、土俵祭を行ってから競技を行う、と明記されています

神事が終わらなければ使用できないことが規定ではっきり謳われているのです


このあたりからも相撲は単なる格闘技ではなく、日本古来の伝統・風俗が

反映された文化の一部であることがわかるのではないでしょうか




・ 「土俵入りのしぐさの深い意味」


土俵入りははるか平安時代から行われていたといいますが、現在のような

顔見世的要素が反映されるのは江戸時代中期以降です。


江戸勧進相撲の流れを踏襲している現在の大相撲の幕内土俵入りは、競技に

出場する選手を試合開始前に見せる、たとえていうならば競馬のパドックのような

観客サービスの面が否定できません


しかし、土俵入りの本来の目的は、相撲という競技の根本の説明なのです

 

『これから皆様にお見せする相撲という競技は、このようなルールで

 このような基本の型があるのです』というわけです


江戸時代の幕内土俵入りは現在の横綱土俵入りのようにきちんと四股も

踏んでいました


しかし人数が増えるにしたがって、土俵の上で四股を踏むことができなくなり

現在のように簡略されるようにはなってきました

ですが、根本的な考え方は変わってはいません


まず拍手を打って右手を上げるしぐさ

これは塵浄水の簡略化です


拍手は神への感謝、清めの儀式です


その後、右手を上げ、武器を盛っていないことを明らかにし、正々堂々と

素手で戦うことを示します


したがって上げた手は

「私は何も隠し持っていません」ときちんと手のひらを見せなければなりません

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最後に両手を上げるのは、四股を意味しています

土俵に上がった力士が最初の四股を踏むとき、手を大きく横に上げるしぐさを

簡略したといわれています


土俵入りはたかだか10秒足らずですが、この一瞬に相撲道の理念が

凝縮されているのです




・ 「力士はなぜ四股を踏むのか」


四股は足腰の強化のために必要なトレーニングではありますが、それとは別の

日本ならではの独特の意味がこめられているのです


辞書で「しこ」をひくと漢字の「醜」がでてきます

意味は

「強く頑丈なこと」と書いてあります、次に

「四股は醜足が略されたもの」とも書かれています

その通りで四股の語源は「醜」なのです


日本人の精神世界を理解するためのキーワードが 「穢れ(けがれ)=気枯れ)です

日本人は気らかなこと、穢れてないことに価値を見出し、逆に穢れているもの、

汚いものを忌み嫌う精神構造を持っているといわれています


不吉な話をすると 「縁起でもない」と言って嫌な顔をするのは言葉の

上でも穢れを嫌っているからです


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穢れの要因は悪霊と考えられています

この悪霊が悪さをしでかすと災害が発生すると昔のひとは真剣に

考えていました

悪霊がつかないようにするにはどうすればいいいかといえば、神の力を借りて

悪霊の怒りを鎮めなければなりません


実は四股を踏むことそのものが、神の力を借りて悪霊の怒りを鎮める行為でもあるのです

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                 ・ 

土俵は神聖な場所とされてきました

競技が行われるから神聖なのではなく、神が降りてこられる場所だからなのです


神は清浄を好みます

その神が降りてくる場所は当然清浄でなければ「なりません


土俵に女性が上がれない理由は、女性特有の「不浄」が存在するからだといわれています

性差別だからなのではなく、神道など宗教上の問題なのです


その神聖な土俵上で、人間の中でも人並み外れた醜い(強く頑丈な)男が力強く

両足で大地を踏みしめ、土の中にいる悪霊を

「地上に出てくるな。 ずっと土の中でおとなしくしていろ」と鎮める。

実はこの行為が四股なのです


世界中で日本の力士だけが四股を踏むのは、このような日本の農業と土俗信仰から

きている、神道文化の考えを反映しているからなのです



                                  続く(^^)

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 ここまで読んでくださった方々へりんよりご挨拶いたしましゅ



ママは、おとといからなにやら御本を見ながらパソコンで

何かしています


すもーの話を書いてるんだって


ママは、こんな話だぁれも読まないわねェ、おもしろくないもの・・

なんて言いながら

かちゃかちゃ打っています


だけどママはこんなことも言ったよ

”ねェりん、ママはね、この御本さ~っと読んじゃったの

 だからもうねスモー博士なのよ”


わたちはねおかしいと思うの

だってね、ねえね(注・娘)にはね

”1回きり読んだだけで頭に入るひとは大天才なの。

 普通のひとは何度も何度も読んでようやく、おつむに入るのよ”って

言っているからでちゅ


あのねみなさん

ママはまだ明日もすもーの話書くんだって

よかったら読んでやってねえ


あたちはね

ママが水さいばいしたねぎをつんつんして遊ぶのが好きなの

でもこれは少し前のしゃしん、もうねお味噌汁に入れて食べちゃったんだ~



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   寒い寒い別荘より、りんでちた