お見舞いで秋の果物の『二十世紀梨』をいただきました。
”二十世紀梨”の呼び名はどうなるのか、なんてことが真面目にあちこちで
議論されましたよね。
(関西だけでしたか・・・?)
そのころきちんと学習してなかったわたくし、2009年の今でも知識が
あやふやです、、、なのでちょっとおさらいです。
実は『二十一世紀梨』となるはずだった『青梨』は開発されてたらしいです。
『二十世紀梨』よりも病気に強く糖度の高い梨がね。
だけど『二十一世紀』と登録を申請するも、すでに他の商品でこの商標が
登録してあったため 『二十一世紀梨』は実現しなかったんですって。
”来世紀の代表品種になるように”との夢を託して命名されたということです。
『栗』 は縄文時代から食べられてきてたようだし(貝塚)
『柿』 は『古事記』や『日本書記』にも出てきますし
おなじみの果物だったんですね。
『二十世紀梨』が生まれたのはまだ“十九世紀”だった1898年(明治31年)の
ことですから新米果物ってことになりますか。
ここでどうでもいいお話ですが
『梨』って消化が悪い果物の筆頭なのだそうでして
ただいま知人は食べすぎで『急性大腸炎』・・・・
『梨』を食べ過ぎたとは恥ずかしくってとてもじゃないけど言えず、
”ここんとこ仕事が忙しくって食生活が乱れてまして・・”なんて
もっともらしい理由でもってお医者さまに腹痛を訴えたそうでございます・・・
いいのかな~、そんなウソ言っちゃって(・ε・)!
『梨一果食べをり 子規の倍を 生き』
鶴川 和子
病床の子規は梨のさわやかな果汁に渇きを癒したそうです。
明治35年9月19日35歳没
