Kohのブログ

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日々、思い煩う事なく愉しく楽しく!


ようこそのおはこび、ありがとうございます。

日々の暮らしのよしなしごとを書いたブログです。



ペタのご挨拶ができない日もありますがどうかご容赦ください、

おつきあいのある方のブログはずっと読ませていただいています。








戦死か餓死か病死かわかりませんが

南方で亡くなった大叔父の死を悼み

毎年命日とお盆に護国神社にお参りしています、

というか曽祖父母、祖父母、両親が続けていましたので引き継いだ形なんですが。




お盆だというのにお参りの人は皆無で

わたしだけでした。

政治家の靖国参拝については毎年物議を醸しますが、わたしの場合は

お国のために(?)死んでくださってありがとうございますとのシンプルな気持ちです。


余談ですが

夫の大叔父は

日露戦争のとき

乃木大将の直属の部下で

そこらあたりの経緯はよくわからないのですが

どういうかけか

乃木大将の愛馬を

頂戴したそうで

大叔父の帰国よりずっと先に

生家に愛馬が届けられ

農家ですけど

まさか農耕馬として働かせるわけにもいかず

他の農耕馬とは

別の馬小屋も建て

別の食餌も与え

死なせてはならぬと

お世話に忙しく

野良仕事どころではなかったという、

今では考えられないようなエピソードが

伝わっております。

その後 乃木号はどうなったんでしょう、聞いておけばよかったなぁ。





詳しくはないですが

妄想好き(←笑)ですので

歴史は好きです。

特に縄文時代が好き、そして土偶ファンです。


今大阪の中之島美術館で

“日本美術の鉱脈展“が開催されてて

そこで縄文土器の展示もあると知り

これはもうなんとしても行かねばならないと、

酷暑の中行ってまいりました

いつもは駅から歩くんだけど

駅構内出た途端くらくらし

こんなところで老婆が倒れて

はみなさんに

迷惑かけるとタクシーで。

あー楽ちん。








 

そして

土器はどこ土器はどこと 

はやる気持ちを抑えて足早に。

なんと最後のブースでした。


素敵すぎてもう

立ち尽くし状態のばあさん。

他の展示の記憶がほぼない(ごめんなさい)のに

土器の素晴らしさには感動しきりで

きっと今夜は寝られない(はず、たぶん)

タイムマシンがあったら

絶対縄文時代に

行ってみたい!

縄文時代を知れば知るほど

縄文人が

好きになるし

リスペクトしてしまう。


知人に

どこがそんなに好きなのその縄文時代とやらの、と

聞かれ

話せば一晩かかると

答えたら

あ、そ、じゃいいわ、と言われてます...

でもほんとすごい時代なのよ。



いつか

北海道や東北、信州に

たくさん残っている縄文遺跡を

巡る旅がしたいと

夢みるばあさんでした。








タイトル通り

何度か(も)やったんですけどねぇ、

またやりました笑



よく見れば
赤は赤でも
微妙に色は違いますし、
番号も

17と19、で

まったく違う、というか

なんなら
全然似てませんし、7と9。
   



なのに

なのに

またしても

他人さまのお車の駐車料金を

お支払いしてさしあげました、

ええ、
当の他人さまは

まだおかえりではありませんでした、

おそらく

数分後には

虚しくまた

下がってしまうのでしょう...


そうです

先日のこと。

用事をすませて

さぁ帰りましょう、

と精算し

車へ近づいたそのとき...



えええーーー

あーぁまたやってしまったわ

なんでですの、番号違うよー
赤い車は赤い車でも
もう何年も見てる自分の車ですやん
なんで間違うかな
何回間違うかな
駐車料金でケーキ2個は買えるやん

あーもったいないもったいない


どよーーーんと

落ち込み

そんな

自分に腹も立てつつ

しばし

立ちすくみ、

記念に(何の?)写真も撮り、

仕方ないやんもう一回払わないと帰られないんやし、と

自分をなぐさめ

とぼとぼと

精算所へ行き

また
お支払いして
帰宅の途についたのでした


と、まあ

とあるそんな1日のできごとでした泣


昨夜はお天気がよくて綺麗に見えました。


機影が写り込んでいます。



天守閣と月。


どちらも442年前には

見られなかった光景。

前回は

本能寺の変の2年前らしいですけど、

人工的な光もなくて

まして

飛行機なんて

飛んでもいず

もちろん

高性能の望遠鏡もないから

ここまで

大きく見られはしなかったと思うけれど

数多のひとが

現代人と同じように

神々しくもある月を

畏れと感動と祈りをもって

見上げたんだろうなぁ、と

なんだかな、意義深いものを感じてしまった夜でした。

さてさて

次の何百年先、日本はどんな世界で

どんな光景になっているでしょうね。


お月さんを

みるたびに

曽祖母が言ってた

太陽に励まされ

月に慰められ,という言葉を

思い出します。




お暑うございます。
元気な植物を
窓越しに眺めているだけでも
じりじりと日焼けしてしまいそうな
今日このごろ、
みなさんおかわりございませんか。

先日80代の叔母が熱中症になりました。
叔母のうちは 
空調管理のよくできたうちで
冬はほんのり
暖かく夏はからりと気持ち良く
お邪魔するのが楽しみなくらいでした。

が、そんな快適な自宅で熱中症になりました。
お昼のあとしばらくして
なぜだか寒くてカーディガンを羽織ろうと
思ったまもなく
強烈な頭痛と一気に40度の熱。

本人はコロナかもしれないと思いこみ
隣に住む息子夫婦に迷惑がかかると
連絡できず。
叔父は若干認知症気味でもあり
頼りにならず。
結局は自らが運転してコロナ発熱外来へ。
割れるような頭痛のなか、数時間待ち
ようやく検査。
結局は陰性、ついた病名は熱中症。

2時間かけて点滴。
入院をすすめられたものの叔父をひとりにはできずワンコの世話も。

で、また自ら運転して帰宅。
でも実は地獄はここからだったのですよ。

脱水のため
脳が脱水機で絞られるような頭痛。
枕すらあてられない痛み。
胃腸を鷲掴みにねじりあげられるような痛み。
心臓が喉から迫り上がってきそうなくらい締め付けられ感。
足のこむらかえり。
本当に苦しい数日だったそうです。
すべて
脱水症状なんだそうですね、
入院すればよかったと
心から後悔したそうです。

熱中症というと
冷や汗とか
動悸とか
いろいろ症状はありますが
軽症をとばして
一気に中等症までいってしまうこともあるということ。
快適空間であっても水分不足から脱水になること。
継続点滴は効果的であること。
みなさんにも
知っておいていただきたくて
記事にいたしました。


都合のいいときだけのウォーキングを

はじめて6、7年。

効果のあるウォーキングではないことは

承知ですが

それでも結構楽しいものでして。


まず季節の移り変わりを

肌で感じることができますし

素敵なお宅をちらちら眺めたり

素晴らしいガーデニングを

四季折々楽しませてもらったり。

ウォーキングからの延長で

歴史探検に参加するようになったし

最近では山城登山に俄然目覚めたり。

(去年は5城踏破)


普段のコースは

てくてく歩いて森林公園か

運動公園まで。

そこのベンチで

水筒のお白湯を飲みながら

ネットサーフィンして

またてくてく帰るというパターンなんですが。


先日

そんなふうにベンチに座っていましたらば

”もしもしコウさんでは?”と

声をかけられ。


え?わたしこんなに変装してるんですけど

どうしてわかったんですか、と尋ねれば

顔はわからなくとも

全体の雰囲気が

コウさんらしいです☺︎

全体の雰囲気かぁ。

自分じゃ気づかないけど

みんなそれぞれ

自分らしさを

纏ってるのかもしれませんねぇ。



そういえば...

芸能人がマスクに帽子、でも

わかってしまうと

聞いたことありますね。


そっか、それじゃぁ悪いことはできないなぁ

(いやいやしませんけど)

全身からコウさんを醸しだしながら(←どんな)

だけど

妙に納得して

よっこらしょっと

腰をあげて

帰途についたのでした。



↑歴史探検のとき。

顔部分はすべて隠す

なぜかといえば

眉毛描いてないし

なにより寒いから~笑


みなさん

お元気でね。

あけましておめでとうございます。
寒い元旦でしたね。

さてさて
はじめて
自分用のトレッキングシューズを
購入したわたくし。
張り切って
新年のご来光を見るべく
割と有名なスポットへ登山する予定が
寒さに負け...撃沈。
いやいやご来光は
2日でも3日でもいいのよ、と
自分を
甘やかしたのに
それもできず。
で、ようやく昨日、しかも
明るくなってから
登山するという、、笑
ここは
山城跡なので、
土塁跡と
切岸跡が
残ってます。
ここを
敵陣が
駆け登ってきたのかと思うとね、
登山のしんどさも
忘れますよ。
平山城や平城も好きですが
山城は
合戦跡が生々しく手つかずで
残っているので
歴史妄想好きには最高です。
そして
本丸跡で拾った磁器のかけら。
このお茶碗で
何百年前のどなたが
お白湯か
お茶を
飲まれたのかしら。
合戦前かな、後かな。
またまた妄想好きには
たまらないかけらです。


素敵なお土産を
ポケットに入れ
うんうん今年は
いい年になるなる、なるはず、
と思いながら
下山したのでした。




↑写真の貼り付けがうまくできなくて順序逆さまでした。


みなさま こんにちは。
新型コロナではじまり
暮れていく2020年に
なりそうですが
お元気でらっしゃいますか。
わたしの身辺も
もれなく大きな変化が
ありましたが
またそれはいつかの機会に。



さて
果てしなく長文でございますが
最近のあたくしの
”えええーー”を。


11月はじめのこと。
ぼんやりテレビを見ていたら
2階蔵書の重量で
1階の戸が閉まらなくなり
大慌てで
蔵書を整理した方の
報道があり。

え?そんなことになりますの...?
我が家には
20代のころからの
(捨てられないと思ってた)本が
2階の3カ所に分散して
保管(放置かも)されており
普段の生活の動線上に
それらはないので
ほぼ
目につくことはなく
気にならず
(あえて気にしないことにしていたかも)
数十年...
そして新たに
購入し読めば
そこへ積み上げていき
(もはや書棚は満杯)
増える一方でした...
このだらしない性格ったら。

しかし
しかし
わたくしの中で一瞬のうちに
家の修理代>本
という公式が成立。





そうして
早速行動。


まずは
1カ所ずつ
3割ほど
減らすことを目的に
もう読まないであろう本を
勢いで選択し
並べ
ざっくり
作者別に仕分け。

それを
3回繰り返し
みかん箱(なんと古い形容...笑)
10箱になり。
いやもう段ボール調達にも
結構苦労しました~
(ご近所スーパーさんありがとう存じました)

積み上がった段ボールを見て
これはこれは
結構なディナー2人分くらいには
なるのではないかしらんと
頭の中で
うふふ♪うふふ♪と
計算しつつ
古書店に
持ち込む元気はないので
引き取りを
お願いしたのです。

そうしましたら
なんとなんと
あなた
みかん箱10箱がですよ。
ちょいとした
ランチ代くらいにしか
ならなかったじゃありませんか...


引き取りの中に
若い頃
とある美術館に行ったときに
いたく感動し
勢いで購入してしまった
印象派の
(大きく重い)
25000円もの画集があったのです。
まぁ一度も眺めていないので
手放すことにしたんですけど
悲しいことに
お引き取り価格
500円でございました...

執念深いあたくしは
つい先日
その古書店に
マスク姿で変装し(笑)
いったいいくらで
店頭に並ぶのかを
確認してまいりました。
(やな性格ですこと~)

そうしましたら
もう驚きの価格9500円でございました。

25000→500→9500
これが
この日本社会の経済の
仕組みなんですねぇ。

でもね
2階の床が
沈む前になんとかなったし
本たちが
誰かの
役に立てば
幸いということで。


ここまで読んでくださった方
ありがとうございました。