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Kohのブログ

日々、思い煩う事なく愉しく楽しく!

おひさしぶりでごさいます。
長らく投稿はしておりませんでしたが
退会ではなく あくまで休止ということで☺︎

blogをずっと続けてらっしゃる方には
すごいなぁ真似できないゎ と
リスペクトの念を持ちながら、
同じく休止状態の方々には
どうしておられるかしら、と
思いを馳せながら
休止中もみなさんのblogはずっと
読ませていただいてました。

1年の終わりに近況など少し。
福助が一昨年の秋に逝き
 2匹になっていた我が家の猫家族は
去年の秋に近所の河川敷で兄弟猫と思われる3匹を保護、
また今年秋に庭に迷い込んできた1匹を保護し ただいまのところ猫6匹人間2人の暮らしです。
もともと3人暮らしであった我が家は
娘が大学入学とともに一人暮らしをはじめましたので2人となり
猫だけが増え続けるという現況です。
その娘ですが来年春に結婚が決まりました。
母は彼の食事の所作を見て いい子だなぁ良い家庭で育ったんだな、と直感し まだ若くて危なっかしい2人を応援する気になったのでした。

娘の中学入試が終わり なんとなくはじめたblogですがもう12年。
世の中も家族構成も猫家族も変わっていくのですねぇ。

老眼は進み 外面内面も劣化は進み
情けない限りではありますが
上手に歳を重ねていければいいじゃないの、と
開き直りにも似た決心を新たにし
来年も元気で暮らしていきたいと思う年の瀬




    24年も経ちました笑


こだわらず
とらわれず
惑わされず
ブログタイトル通り
楽しく愉しく
わたしはわたしらしく。













『潮の匂いは。』


 潮の匂いは世界の終わりを連れてきた。僕の故郷はあの日波にさらわれて、
今はもうかつての面影をなくしてしまった。
引き波とともに僕の中の思い出も、
沖のはるか彼方まで持っていかれてしまったようで、
もう朧気にすら故郷の様相を思い出すことはできない。

 潮の匂いは友の死を連れてきた 。
冬の海に身を削がれながら、
君は最後に何を思ったのだろう。
笑顔の遺影の口元からのぞく八重歯に、
夏の日の青い空の下でくだらない話をして笑いあったことを思い出して、
どうしようもなく泣きたくなる。
もう一度だけ、君に会いたい。
くだらない話をして、
もう一度だけ笑いあって、
サヨナラを、言いたい。

 潮の匂いは少し大人の僕を連れてきた。諦めること、我慢すること、
全部まとめて飲み込んで、笑う。
ひきつった笑顔と、疲れて丸まった背中。諦めた。
我慢した。
“頑張れ”に応えようとして、
丸まった背中にそんな気力がないことに気付く。
どうしたらいいのかが、わからなかった。

 潮の匂いは一人の世界を連れてきた。
無責任な言葉、見えない恐怖。
否定される僕たちの世界、
生きることを否定されているのと、
同じかもしれない。
誰も助けてはくれないんだと思った。
自分のことしか見えない誰かは
響きだけあたたかい言葉で僕たちの心を深く抉る。
“絆”と言いながら、
見えない恐怖を僕たちだけで処理するように、
遠まわしに言う。
“未来”は僕たちには程遠く、
“頑張れ”は何よりも重い。
お前は誰とも繋がってなどいない、
一人で勝手に生きろと、
何処かの誰かが遠まわしに言っている。
一人で生きる世界は、
あの日の海よりもきっと、
ずっと冷たい。

 潮の匂いは始まりだった。
 潮の匂いは終わりになった。

 潮の匂いは生だった。
 潮の匂いは死になった。

 潮の匂いは幼いあの日だった。
 潮の匂いは少し大人の今になった。

 潮の匂いは優しい世界だった。
 潮の匂いは孤独な世界になった。

 潮の匂いは―――――。


         片平侑佳(宮城県の高校生、平成25年卒業)








長い詩です。
だけど
一語一語が
胸に刺さります。
心の内を吐露した鋭い言葉は
被災地の現実と孤独を
切り取り、
読む者に
わかるかわかるかこの気持ちが、と
突き付けられるよう。



長すぎて読むのが面倒だったかたに、
最後の数行だけは読んでほしい。
再掲します。



『 “絆”といいながら
見えない恐怖を
僕たちだけで処理するように
遠回しに言う。
未来は僕たちには程遠く
頑張れはなによりも重い。
お前は誰とも繋がっていない。
ひとりで勝手に生きろ、と何処の誰かが
遠回しに言っている。
ひとりで生きる世界はあの日の海よりきっとずっと冷たい。』






  

人の世に
火を生みいでて

うら若き身は
焼かれゆく 

いざなみ
あわれ 


    岡野弘彦




       







イザナミは火の神を生んで
大やけどを負って死ぬ。
この神話から
今の日本人が思い出すとしたら
福島第一原発事故と
歴史の中で学んだ原爆。


ヒロシマとナガサキへの原爆投下で
苦しむ人がいるなか
戦後10年ただずしてずっと
原発事業に邁進してきた日本。

あの事故ゆえに
日本はかのイザナミのように
身もだえして苦しんでいるのだと....
もはや今  何割の日本人が
真剣に考えているのだろうね。
   
と、祈念式典での
田上市長の演説を
聞きながら思った72年目の
暑いナガサキ原爆の日。




3.11
あの日おきたすべてのことを、
数多の死を、
わすれてはいけない。
学ばねばならない。
誰もがそう思った6年前。


あの日おおかたの日本人が
心に誓ったことを
わすれてしまってはいないだろうか。
本当の意味で 学んだろうか。

そして  なにより
だまされてはいけない。











『愛してる。手をつなぎたい。キスしたい。抱きたい。(ごめん、ひとつだけ嘘)』

               木下龍也『つむじ風、ここにあります』





今日はバレンタインデー。

私がまだ制服を着ていた
はるかはるか昔のバレンタインデーは
想いを寄せる人に
また は恋人に
心を込めてチョコレートを
贈る日でした。

最近では
家族チョコから本命チョコ義理チョコ自分チョコなどなどと、
ありとあらゆる名目のもと、
バレンタイン商戦が繰り広げられているわけですね。
もはやおばさんついてゆけませぬ。

だけど
恵方巻のノルマ(他にもノルマはいっぱい)の裏にあるコンビニ経営の過酷さ、売れ残りの大量廃棄...
昭和モッタイナイ人間にとっては
コンビニにはためく幟や
チョコを買うための長蛇の列を
眺めながら  売れ残ってしまったら
棄てるのかなぁアーモッタイナイモッタイナイとお祭りのあとのことのほうが気になって。




さてさて
上の短歌のなかにある“嘘”って
何でしょうか。
え?愛してなくても抱けるって?
まあまあそこはピュアな心で読み解いてくださいまし...(^.^)


  ジャムパンを割れば
  あふれる苺ジャム
  いきたかりけん
  いきたけりけん

          加藤治郎





今を生きることができなかったたくさんのひとびとを想い
日々丁寧に生きてゆかねば、と
心新たに想いを強くする22年目の1月17日。



涙があるだろう。
今年も 涙ながらの歌があるだろう。
固めたこぶしがあるだろう 。
大笑いがあるだろう。
今年も あくびをするだろう 。
今年も 短い旅に出るだろう 。
そして帰ってくるだろう 。

農夫は野に
数学者は書斎に
眠れぬ夜があるだろう 。

だが愛するだろう 。
今年も 自分より小さなものを
自分を超えて大きなものを 。

くだらぬことに喜ぶだろう 。
今年も ささやかな幸せがあり
それは大きな不幸を
忘れさせることはできぬだろう 。
けれど娘は背が伸びるだろう
そして樹も。

御飯のおいしい日があるだろう 。
新しい靴を一足買うだろう 。
決心はにぶるだろう。
今年も しかし去年とちがうだろう
ほんの少し 。

今年は 地平は遠く果てないだろう 。
宇宙へと大きなロケットはのぼり
子等は駆けてゆくだろう 。
今年も歓びがあるだろう 。
生きてゆくかぎり
いなむことのできぬ希望が 。

           谷川俊太郎  
        『 今年 』( 祈らなくていいのか)




あけましておめでとうございます。

“希望”の詩ですね。
容易に手が届きそうな希望であれ
遠く険しい先にある希望であれ
希望はひとびとの生きるちからになりましょう、きっと。
口にだせる希望と
心の中にひっそり持ってる希望と、
ひとそれぞれ さまざまでしょうが
きっと心の中の誰にも話せない希望こそ、なにより叶えたいものであることは間違いがなく。
とにもかくにも、希望を胸に
今年も元気でまた一年。

みなさま  どうぞよろしくお願い申し上げます。





 
おめでとにゃん。



 
 
 
 
 
自分はこれまで
考えてみると
自分のすかないものを避け
自分のすかないものには渋面を見せ
自分のすきなことばかりしようとしてきた
読む本
交わる友
たべもの
風景
天気
其の他のすべてに
それでよかったか
これでよいか
これでどうして人間が大きくなれよう
 
      山村暮鳥『万物節」自分はこれまで
 
 
 
 
 
みなさんごぶさたしております。
ことしもあとわずかですが、恙なき日々でしたでしょうか。
わたしは近年になく悩み多き一年でした、何も解決してはいないので
おそらく来年も悶々と悩み続けるのでしょうが。
考えても解決しない事柄を考えるのは時間の無駄というもの、そんなことは
百も千も承知しておりますが、そこはそれ、頭ではわかっていても
面倒なことに別の頭が、その頭の隅っこで蠢いているお悩み事を
延々と考えてしまうというわれながら情けない事態!
そのせいかどうか  普段風邪もほとんどひかず
免疫力には自信のあったわたくしが
免疫力低下による感染症にかかるという、しかも二回も....やれやれな日々でした。
だけど大丈夫、ごはんは美味しいし夜もそこそこ眠れてるし古文書講座も読み聞かせボランティアも気合で出かけるし、お友達とのランチでは心の内などおくびにもださず
時事問題から環境問題、はてはスマップ解散など芸能ニュースについても熱く語るという元気っぷり。
 
考えても解決しないことを悩んでるほうが
考えて考えて解決しないといのちが危ない、という事態よりは
よほどましではないかと。
いままでも何とかなってきたし。
そういうことで来年もがんばりますよ!
 
あ、うちの小さいイキモノたち
みんな元気です。
この小さな息をするものたちに
どれほどのなぐさめをもらってるか...
ありがとね。
 
 
 
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滅多に更新しないブログが愚痴ばかり、ごめんなさいね~。
来る酉年もどうぞよろしくおねがいいたします。
 
 
ひとつ前の記事で、
はじめてリブログということをやってみました。
人のいないところに取り残された猫たちのことを知っていただきたくて。

実に個人的で感情的,そして小心者の発言になりますが、
震災時、私は 私なりに精一杯の義援金を日本赤十字に送りましたが、結局 何に使われたのかはっきりしないままでした。
小者で短絡的な私は どうして被災地被災者に使ってくれないのか無性に腹立たしく
、気づけばいつのまにか月々の支援金は
取り残された猫たちを救う方々へと
移っていきました、そんな中で知ることとなった5年半の活動と現実です。

私がここで語るより犬班さんのblogを少しでも読んでくださればと願います。

快適な暮らしができていることの
その裏付け(電力)を深く考えることもせず
あたりまえのように電気を使い生活してきたことへの後ろめたさは今も消えません。
そして人がいなくなった町で村で人のぬくもりを待ちながら餓えて死んでいったどうぶつたちのことも、それは今も続いていることも。

人のほうが大事だろ、と仰るお方もありましょう、だけど、
私は
想う人ができることをできるときにやればいいのではないかと
思っています。

そばで眠る3びきの猫を眺めながら
この生活が突然絶ちきられた人々、すべてのイキモノの悲しみを想います。