鹿島港は、東洋一の人工の堀込港であり、鹿島臨海工業地帯を形成している。
全国的には鹿島アントラーズが、有名だ。
私は、現在、茨城県神栖市の鹿島臨海工業地帯にある企業に勤務しており、5月いっぱいで退職し、この地を去ることにしている。
現在は単身赴任であるが、20数年前は、家族4人で、神栖町(当時)に住んでいた。
その4人の共同作業で、千人画廊(海岸防波堤)に応募して、絵を描いたことを思い出した。
恐る恐る見に行ったら、驚いた。
ほとんど当時のままの形で残っていた。
南航路には、石油コンビナートを中心とした化学工場が多い。
北航路には、製鉄所と飼料穀物工場が多い。
陸地中央は、港公園と呼ばれ、中央にあるタワーは、展望台になっている。
これが一家で描いた絵。
塗料は、神栖町から支給され、休日毎、何回も来たことを記憶している。
当時は風力発電はなかった。今は、波崎までつながり、多数設置されている。
絵の右下の日付、平成2年12月2日、娘4才息子1才と書いてある。
いやー驚いた。
25年以上前だ。
千人画廊(神栖市で管理)
防波堤の上から撮影
神栖市郷土資料館にある鹿島港の模型
鹿島港を持つ神栖市は、私の人生の中で最も長く住んだ所(3回、合計22年)ですが、治安も良くなり、大変住みやすい良い町です。







