スカジャンでシエスタ

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6ヶ月まで妊娠に気づかず、妊娠発覚後、4ヶ月でママになった私と「ニノ」の記録。

いつも心に祖母キヨの格言 『ご都合通りに ならないからって おこっちゃいけません』 
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3がつ17にち(かようび)はれ きおん20ど


きょうニノはうまれてはじめてちばにりょこうにいきました。

よこすかのくりはまから、とうきょうわんふぇりーにのってちばのかなやというところにいきました。ふねにのるのもはじめてでした。きょうはすごくかぜがつよくて、そこらへんのちいさなぎょせんは、こっぱみじんになりそうなくらいぐわんぐわんにゆれまくっていました。きっとのってるりょうしさんは、みんなゲーゲーげろはきまくっているとおもいます。あっとゆうまにちばにつきました。おじさんのでっかいあたらしいぐらんどはいえーすでちばのたびのすたーとです。

まず、こうそくどおろでたてやまにいき、るるぶというほんについていたおそばやさんにいっておひるごはんをたべました。でも、ニノはにおいをかいだだけで、たべたのはミルクでした。くやしかったです。はやくうまいそばをたべたいです。おおきなてんぷらもたべたいです。ママはかもなんばんをたべていました。なんかイマイチなおそばやさんでした。そばがきのおしるこがありました。これはうまかったです。ニノたちのほかにも、OLろくにんぐみがるるぶをみてこのおそばやさんにきていました。きっとらいねんのるるぶにこのおそばやさんはのっていないことでしょう。オーエルのおねえちゃんたちにかえりぎわに「にこっ」とほほえみかけたら、「きゃーかわいいー♪」といわれました。ちょろいもんです。にゃはは。

スカジャンでシエスタ そばのおしるこ。そばがきがはいってるんだー・・・ってそばがきってなに?

それから、ちくらにいきました。みちのえきというところにもよりました。たくさんおじいさんおばあさんがいました。まわりにはおはなばたけがたくさんあって、とーーーてもきれいないろんないろのおはながさいていました。みちのえきでママたちはそふとくりーむをたべていました。おとなはたびさきでそふとくりーむをかならずたべるようです。へんなの。

ちくらは安西水丸さんのこきょうで、おおいなるぎょそんです。ちょっとこじゃれたカフェもあるようですが、こんかいはすどおりで、白浜にいき、野島崎灯台のふもとのこうえんで、なみの音をBGMにミルクをのみました。だいしぜんのなかでのむミルクはかくべつなおいしさでした。ママは「ここでビール飲んだらサイコーなのに」といっていました。


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灯台からホテルは目と鼻の先でした。こんかいのホテルは「南国ホテル」。何とも80年代風のレトロなホテルです。スリッパでたっきゅうしてそうないきおいでした。

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ママとばばちゃんが近所をさんさくに出かけて、おなちゃんとおへやでおるすばんをしていました。でも、なんだかいつもとちがうお部屋の風景。おなちゃんじゃちょっとこころもとないニノのおせわ・・・・・・。ニコニコゴキゲンだったはずなのに、だんだんふあんになってきて、きがついたらおおなきしていました。おなちゃんはびっくりでおおあわてでママとばばちゃんにでんわしていました。「ニノさんがおおなきだよーーーー!はやくかえってきてーーー!」おなちゃんも大泣きです。ニノのおおなきをききつけて、となりのおへやのおじさんもとんできました。それでもぜんぜんだめです。ニノはなきやみませんでした。やっとママがお部屋にはいってきてだっこしてくれました。そうしたら、なぜか、ニノはパタッと泣くのをやめました。なんでだろう?ふしぎだけど、なんだかおおなきしていました。ごめんねおなちゃん。びっくりさせちゃった。えへ。

それから、貸切露天風呂があったので、45分2000円でばばとおなちゃんとママと四人で貸切露天風呂に産まれて初めてはいりました。あー、おんせんはさいこう!日本人?でよかったです。

ゆうしょくはお食事処でバイキングでした。ニノはもちろんミルクです。ママはエビのてんぷらを20匹ぐらい食べていました。あしたのおっぱいは間違いなくエビ味です。目の前が海のホテルにしては、海の幸がちょっとしょぼかったです。でも、たのしかったです。お部屋に帰って、おなちゃんとばばちゃんとママが交代で温泉にいきました。おとなはみんなおんせんがだいすきみたいです。ママは温泉エキス入りの化粧水をぬりたくってお顔がつるつるになっていました。12時ギリギリまでめいっぱい入りまくっていました。ニノはお昼寝をあまりしなかったので、とってもねむくて10時前にはねてしまいました。あしたもハードスケジュールだからね。おやすみなさい。


ニノは、7日入院、8日手術しました。

朝6時に水分補給でポカリ水がぶ飲みし、それから9時の手術まで絶食。ニノはお腹が空くとこの世の終わりのように泣く、泣く、泣きわめきます。そんなに泣いたら腹減るよ!ってあきれるくらい…。そして、この時もポカリ水はすいすいイオン分解され、わずか1時間半でニノはこの世の終わりの泣きです。でも、今回は手術があるから水さえあげられません。

悪夢のような一時間半を経て、いざ手術室へ。入口まで私がだっこで連れて行きます。

ニノのかわりに本人確認。『2008年11月1日生まれ、ニノです。』そこで待ち構えていた麻酔科の先生にニノを託します。なぜか廊下より寒い待合室で待ちます。予定では2時間くらい。ドラマのようになぜかウロウロ歩き回ります。

人間には、手術を待つ時にウロウロするDNAが組み込まれているみたいです。ニノの手術される姿を想像しないようにずいぶんウロウロしていると隣で同じように手術待ちでちょいウロしてたお兄さんが『あの~、先生が呼んでますよ』。大急ぎで飛んできます。予定より40分以上も早いのです。何で?ドキドキドキドキドキドキしながら先生に説明されたのは、『出血も少なく、無事終了しました』へっ?あの怪しいM先生です。生々しい汚れた手術服着てます。手術したてのホヤホヤでしょ?そんだけ?まあ、無事終了なら万々歳だけど…。早すぎてびっくりするわっ!と頭の中で軽く突っ込みを入れます。しばらくして、酸素吸入され、点滴がついた痛々しいニノと対面します。顔色が悪くて、いつもはピンク色の唇が紫色です。ちょ、ちょ、ちょっと、ほんとにだいじょうぶ?病室に戻り、体温が下がっているので、ありったけのブランケットを掛け、部屋もマックス温め、二時間くらいして体温も顔色も復活しました。ほんと、小さい体です。ちょっとしたことで体調は急変します。体温34.4度から37.8度まで上下しました。術後四時間くらいはまだ麻酔がきいていて、寝てたのですが、その間も口が『何か飲ませろ!』と鯉みたいにずーっとパクパクしてました。早くオッパイいっぱいのましてあげたい欲で頭クラクラで、看護師さんが来る度にいつ飲ませたらいいか、しつこく聞いていました。

午後3時半、麻酔から完全に目覚め、やっとオッパイOKです。長かった~。しかし、その後はすこぶる順調で、体温も、血圧も、心臓、内蔵の動きも正常通り、念願のオッパイも飲んで、麻酔で眠っていた腸も動きだし、おならぷー、傷口のガーゼも真っ白で、出血も少なく、手足も温かく、活発に動き、点滴はつけているものの、完全復活しました。それから、麻酔の間の断食を取り戻す勢いでオッパイを飲んで、翌朝にはすんなり退院OKが出て、お昼前に2泊3日のヘルニア撃退手術劇場は無事幕を閉じました。アンコールは絶対に無しです!
スカジャンでシエスタ 点滴が痛々しいがスマイルなニノ


神様、仏様、お医者さん、看護師さん、家族、応援してくれた全ての人に感謝です。ありがとうございます。
まだまだ経過は気をつけて見ないといけないのですが、先ずは手術が問題無く成功した事、無事におうちに帰ってこれた事でひと安心です。
小児病棟での母としての付き添いの入院というのも、いい経験になりました。でも、もういいです。健康第一、元気があれば何でもできる!!あごをシャクレ気味に叫びたくなりました。
あーあ、良かった~。


PS.あとで姉に、手術待ちでウロウロした話をしたら、私のお産の時、姉と母で相当ウロウロしてたと聞きました。これもDNAに組み込まれているな。

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