まだまだ暑いけれど、スポーツの秋!


だからなのか、近所のライブラリーカフェに行ったら、10年以上前、2011年のnumber増刊号?ランニング特集のバックナンバー(洒落ではないです)が目立つところに置いてあった。


※この号ではないです。


東京マラソンの完走者が何十人と取材されているページをツラツラ見ていたら、職業欄に「ミュージシャン」とか「タレント」とかあるから、色んな人がいるもんだ、と思って顔写真見たら、ウルフルズのウルフルケイスケさんだったり、元モーニング娘。の吉澤ひとみさん(この頃はスポーティなタレントとして活躍されていたのですね…)だったり。





それも価値あるといえばあるけれど、なんといってもこの号の目玉、村上春樹のロングインタビューが本当にロングもロング、ベリーロングインタビューで、これだけでも、きっとこの号プレミアついてるんだろうなあ、と思われた。



村上春樹は、言わずと知れた世界的大作家だけれど、フルマラソンに出たりトライアスロンやったり、なにかと走っていることでも有名だ。「走ることについて語るときに僕の語ること」という、エッセイというのか、作家が走ることについての論説(?)も出しておられる。





走ることについてだけで本を一冊出したんだから、もう語り切ったかと思いきや、このムック本でのインタビューでも春樹節大爆発。

ちなみにインタビューの表題は

「僕は走り続けてきた、ばかみたいに延々と」。


これが作家のインタビューのタイトルだろうか?とも思うし、いかにも作家のインタビューらしいタイトルだなあとも思う。


あんまり面白かったんで借りて帰ろうと思ったけど、どうもそのムック本は企画の展示品も兼ねていたみたいで借りられなかった。近々また読みにいこうと思う。


とりあえず印象に残ったのは

「長編を書くということは、自分の中に深く潜ること。自分は潜れるんだ、そして必ず帰ってこれるんだ、という自信がないと、書けない。

 フルマラソンを走ることはその自信をつけてくれる。」



深く潜る、そして帰ってくる、このキーワード、最近どこかで別のところで読んだなあ、と思ったら、将棋マンガ(だんだん将棋しなくなって行ったりするけど…)の「3月のライオン」だった。



作中では史上5人目となる、中学生でプロ棋士になった主人公は、まあ言ってみれば藤井聡太さんのような存在(藤井聡太さんは現実が完全にフィクションを超えてしまった大天才だけど)なのだけれど、主人公にどんどん抜かされる立場である先輩棋士が主人公を見て思うのである。



「俺はいつからか、深く潜ることが怖くなった。必死で潜っても、手ぶらで帰ってくることが多くなったから。進めば進むほど、更に深いところにしか答えは見つからなくなったから。


 でも、こいつらは、何度手ぶらで戻っても、

 苦痛などおかまいなしに、

 より深いところへ何度でも飛び込んでいく。」






深く潜れるから天才なのか、潜ることを恐れないから天才なのか、潜り続けるためのロジカルな工夫ができる(フルマラソン走るとか)から天才でいられるのか、それはよく分かりませんが。


とにかく深く潜ったところにどうも答えはあるらしい。これだけ色々な人が言ってるのだから、本当にそうなんだろう。


それを人は源(ソース)と言ったり、集合意識と言ったりするんだろうけど。


そして帰ってこれるというのも大切なんだろうなあ。潜ったまんまだと死んじゃいますもんね。



それにしても秋は空が高くなって気持ちいいですね。だけど最近のキーワードは深く潜ることなんだよなあ。こんなに空は高いのに。潜った分上がればいいってことかな。