すごく現実が辛い時は、
テレビなんて何を観てもイライラするだけ、
人と会うのもしんどい。
かといって何もしないのも鬱々とする。

そんな時なぜか、
横溝正史の金田一シリーズ(少年ではなく、じっちゃんの方)だけが読めることがあった。


皆さんご存じ八つ墓村、犬神家の一族、悪魔が来たりて笛を吹く、etc、etc。

どの作品も、戦争の爪痕はいたるところに影を落とし、陰鬱だし、よく舞台になる閉塞的な田舎では人間関係はドロドロ、おかしな言い伝えやしきたりが残っている。そんな中どんどん人は殺され、死体は損壊され、不気味な双子とか頭のおかしい老婆とかばっかり出てくるし、とても癒されるような内容ではない。

それでも、その世界だけが何故か癒しだった時期があった。




多分よっぽど現実に疲れていたんだろう、
違う世界にトリップしたかったんだろうと思う。


だから現代小説ではダメ。でも美しいファンタジーでもダメ、ほのぼのする童話でもダメ、重厚な歴史物もダメ(疲れる)。同じミステリーでも社会派ミステリーなんかではダメ。
もしかしたら京極夏彦でもイケたかもしれないけれど、心身共に疲れているとあの厚さに挑む気力がなかった。


金田一のあの、おどろおどろしく陰惨な世界にだけ、あの時の心が憩う場所があったんだなあと思うと、癒しって奥が深い。針の穴を通すみたいなものだと思う。

そして、光だけではなくて、闇や陰鬱さも、時には誰かを救うこともあるもんだなと思う。なんだか厨二病みたいだけど本当にそう思う。
人は光に照らして欲しい時もあるし、闇が欲しい時もあるんだなと。

横溝正史があの文章力をもってして、明るく爽やかな青春小説を書いたとしてもきっと才能の無駄だし、多分誰のことも救わないだろう。

ジメジメしたおどろおどろしい暗い情熱も、突き詰めると人を救うんだなと思うと、その考え自体になんだか救われる気がする。