アタシとみつこと。

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アタシとみつこの毎日を綴るブログ。
最近、ベランダ農園にハマってます。
営業目的と思われる『コメント等』はスルーしております

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こんばんは。
萬田らむねです。
今日もお仕事。



先日の黒犬神社。
…in鬼岩寺。

お寺の中にあったんだ。
前から気にはなっていたんだけど、
お寺に早朝から行くのもどうかと思い
中々行けずにいた。

鬼岩寺は、友達のお母さんが亡くなったとき
1度だけ来た記憶がある。
けど、そんな状況だからお寺全体をちゃんと見た訳でもなく、
今回初めて『こんなだったんだ~!』
とビックリした。
そもそもお寺に行く用事がないし、
未知の世界。
なので、他のお寺さんのことはよく分からないのだけれど、
ここは盛りだくさんな気がする。

とりあえず、
駐車場に着いてから、念のためお寺でのお参りの仕方をネットで確認。
だいたい思った通りだったけど、
1つ知らなかったことがあった。
山門から入るとき、女性は右足から、
男性は左足からだって。
今度お寺に行く機会があったら
山門で立ち止まってみんなやっているのか確認したい。(笑)

入り口。

駐車場には大量の石塔が。

神社には絶対無い鐘。

手水の作法は神社と同じらしい。




ネットで見た通り、両手を合わせてお辞儀。
合ってる?大丈夫?
回りをキョロキョロ。(笑)



お線香は2本で10円。
アタシも2本立ててみた。
後から来たオバサンは10本立てて、
両手で煙を頭にかけていた。
浅草寺と同じ感じ?
これってそういうもんなの?
f(^_^;)



これが鬼岩寺の由来の岩かな?

ふむふむ…

マジか!



ほほぅ…。

へぇぇ~!
などと分かったような分からないような…。
f(^_^;)

もう何だか分からないけど、
とりあえず足を撫でて健康を祈るアタシ。


水をかけてと説明にあったので
お水をかけてみた。
赤ちゃんにかけるの?
それとも観音様?
アタシは赤ちゃんにかけてみた。

これは神社にもあるよね。
庚申待ちとか考え方が仏教っぽいから
お寺にある方がしっくりくる気がする。

…これはお墓なのか?
説明はなくよく分からなかった。



そして…
アタシのお目当ての黒犬神社。
ここまにくるまでだいぶかかった。
手水舎のすぐ横なんだけどね。(笑)


狛犬は犬。

※ 黒犬が祀られるようになったいきさつは
ブログ最後にあります。
可哀想な黒犬のお話、興味のある方はどうぞ☆

お寺はお寺で面白いね。
今は神社優先だけど、実は焼津にも行きたいお寺がある。
藤枝焼津の神社を制覇したら行ってみようかな?










ごきげんよう。



《黒犬物語》
寛政から文化年間(1789~1803)の頃、鬼岩寺に「クロ」と呼ばれていた黒プチの犬が飼われていた。身体も大きく精博で大変強い犬であった。その強いうわさが天下に広まり「東海道の黒犬」とまで言われていた。これを聞いた土佐の国の殿様が、自分の国も土佐犬の産地として有名であり黙認することができず、土佐犬を連れて来て決着をつけようとした。そこで参勤交替の折に土佐一の犬を連れて来て、鬼岩寺に行列をとめた。
 鬼岩寺の住職は、土佐藩主からの使いを受けると、闘志より心配の方が先に立ち、気が気でない。
「いくらクロが強いとは言え、有名な土佐犬と戦えば負けるに決まっている。万一勝っても恨まれる。下手をすれば殺されてしまうかもしれない。」
と嘆き、弱りはてていた。そこで和尚は、殿様が到着する前にクロを逃がしてしまおうと思いつき、クロに「帰って来るな」と言い聞かせ寺から追い出した。するとクロは名残惜しそうに、尾をふりながら裏山に消えていった。
 やれ一安心と思っていると、数日後クロは寺に帰って来てしまったのである。和尚もそれでは仕方がないと覚悟を決め戦わせることにした。翌日土佐の殿様が10数人の家来を従え、土佐犬を連れてやって来た。いよいよ犬の戦いが始まった。犬同士を見合わせると黒い犬クロはあたかも木鶏の如く落ちつきはらっている。それにひきかえ、殿様の方は興奮し、土佐犬は闘志むき出しである。
 しばらくにらみあいが続いたが、クロが一声「ウーウワン」鋭い声で吠えた。すると裏山から沢山の犬の鳴き声が呼応したのである。それを聞いた土佐犬は先刻の闘志はすっかり消え失せ、尾を下げてあとずさりを始めてしまった。勝敗は決した。殿様も潔く負けを認め、江戸へと旅立った。クロは鬼岩寺を出された時、遠州春野まで行き、春埜山大光寺の部下の犬を連れて来たのだと評判が立った。その後鬼岩寺のクロは増々有名になり、皆から可愛いがられるようになった。
 それからしばらく過ぎたある日、田中城の殿様本多候が碁を打ちに鬼岩寺に来山した。和尚と碁を打っていると、クロが裏庭に入って来て殿様の目にとまった。
本多候はクロを見て、
「和尚どうだ、有名なこのクロとわしが飼っているシロと闘犬させてみたいが……。」
と言う。殿様のことばであるから和尚も困ってしまった。クロが勝っても殿は面子をつぶされたとして、犬を手打ちにするかもしれない。そこで和尚は
「どちらが勝っても傷つくし、負ければ殺されるかもしれません。むごいことですから………。」
とやわらかく断った。が、殿様は引き下がらない。そこでとうとう戦い合うはめになってしまった。
 数日後、本多候はシロを連れて来て鬼岩寺の庭で戦いが始まった。シロも強く、お互いに吠え合い、咬み合い、血を流しあったが、やはりクロの方が格段に強く、勝ってしまった。殿様は可愛いがっていた自慢のシロが負けると怒り出し 「このにっくき黒犬め。」と刀を抜いて切りつけたので、クロは裏山へ逃げこんでしまった。面子をつぶされた殿様は怒りがおさまらず、家来に槍を持たせ、翌日から山狩りをすることを命じた。
 その夜こっそり帰って来たクロに、和尚は御馳走をたっぷり与え、もう寺には帰ってくるなと言い聞かせ、裏山に逃がした。本多候の家来達は翌日からクロを必死になってさがしたが見つからない。10日程たった夕方、クロはひょっこり寺に帰って来た。それ逃がすなと家来たちが追いかけると、クロは逃げまわる。それでも大勢の家来にとりかこまれると、とうとうクロは、川の横にあった井戸(硯生涯学習センター近く)に自分から跳び込んでしまったのである。すると突然井戸の中から黒煙がわき出し、何万匹もの黒犬が現われて吠え出した。クロの自刃であった。その潔い姿に感じた殿様も自分の負けを認め、社わがままを悔い改めたとい榊う。後に村人たちはクロの霊を祀り神社を建立した。これが山門を入って左側にある黒犬神社である。(『藤枝町伝説童話集』大房暁)





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