会社の人の言葉。
今はいつでも一緒にいたいと思う気持ちはよくわかるけど、
ひとり暮しが長いと、そのうち自分の時間がほしくなり、遊ぶ金ぐらいかぜぎたくなるって。年とともに、仕事なくなるし、少しでもいいから仕事はやっておいた方がいいよ。
たしかにそう思う。私が仕事をやめたら、1.5倍にふとりだめだめ人間に近づいていくような気がする。しかも、化粧品代、友達とのお茶代、美容院代ちょーだいなんて、都度都度いいたくない。
私が苦手とする相談、交渉時間を多いに作らなくてはいけなくなりそうな気がする。
ところで、最近の若者は結婚をしていなくても、結婚指輪のようにカップルで指輪をしたり、彼女のことを「嫁さん」と呼んでいるのだろうか?
ごっこを楽しんでいるように見える。この場合、あきるという言葉なんて存在しないのだろう。
先日、「お墓はどっちにはいるの?」という話になり、私はだんなの墓に普通入るんじゃないか?という事実に気づき、なんだか寂しい気がした。
40年以上先のことになるのだから、そのころにはなんともなくっているのかもしれない。あきるを通り越して、空気のような分身のような存在になっているのかもしれないですね。
今はいつでも一緒にいたいと思う気持ちはよくわかるけど、
ひとり暮しが長いと、そのうち自分の時間がほしくなり、遊ぶ金ぐらいかぜぎたくなるって。年とともに、仕事なくなるし、少しでもいいから仕事はやっておいた方がいいよ。
たしかにそう思う。私が仕事をやめたら、1.5倍にふとりだめだめ人間に近づいていくような気がする。しかも、化粧品代、友達とのお茶代、美容院代ちょーだいなんて、都度都度いいたくない。
私が苦手とする相談、交渉時間を多いに作らなくてはいけなくなりそうな気がする。
ところで、最近の若者は結婚をしていなくても、結婚指輪のようにカップルで指輪をしたり、彼女のことを「嫁さん」と呼んでいるのだろうか?
ごっこを楽しんでいるように見える。この場合、あきるという言葉なんて存在しないのだろう。
先日、「お墓はどっちにはいるの?」という話になり、私はだんなの墓に普通入るんじゃないか?という事実に気づき、なんだか寂しい気がした。
40年以上先のことになるのだから、そのころにはなんともなくっているのかもしれない。あきるを通り越して、空気のような分身のような存在になっているのかもしれないですね。