キリストに倣いて

キリストに倣いて

キリスト教の書籍を読んで学ぶ私の個人ノート、備忘録ですが、キリストに倣いて、国づくり、人づくりを考察します。

晴れお月様キリストに倣いて、世の光となり、地の塩となろう!晴れお月様
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チョー・ヨンギ牧師は、1961年に、韓国で最も大きな教会を建てる決心をしたのですが、その動機が神にあるとばかり思っていたのに、実は自らの個人的野心からの決心であったことに気づくようになります。

実際に、その決心は挫折し、失敗に終わりますし、神様のみ意にかなうものではなかったのです。

後に悟るようになるのですが、著者は自らの望みを主に帰し、主が御自身の教会を主御自身の方法で建てられることに従うようにするためだったのだと述べています。

著者は、教会を始めて三年間で600名の信徒を持つようになり、その成し遂げた仕事を誇りに思っていましたが、同時にそれが自信過剰にもなり、ソウル最大の教会を建てられないはずがないと考えるようになりました。

そして、教会は、自分なしでは、まったく機能しないし、何も起こらないと考えるようになります。

本心では、神を愛し、神のために働くことを望んでいましたが、著者の隠れた心は、常に成功への衝動でいっぱいになり、非常に自己中心的で、すべてを自分流にやりたい傲慢に覆われていたというのです。

神様は、そのような著者を、神様の羊たちを正しく導く牧者として立てるために、粉々に打ち砕く試練の中に立たせます。

それは、ある聖日の礼拝後の洗礼式を行うのですが、年に二回の洗礼式には300人の参加者がおり、著者は、御自身を「特別に選ばれた神の器」であると考えていたので、神様の祝福は、御自身を通さなければ与えられないと考えていました。

著 者は、疲労が蓄積し、その疲れが明らかに見て取れる状況の中、すべてを一人で責任を持つ決心で洗礼式に臨むのですが、著者をサポートをするある宣教師の博 士が、かなり疲れている著者の様子を見て、何度も代わりにお手伝いさせて下さいと申し出るのですが、聞く耳を持ちません。

強靭な意志で辛うじて、ふらふらになりながらも洗礼式を終えるようになりましたが、目まいがし、通常の体調ではなくなりました。

それなのに、アメリカから来られる巡回伝道師を空港に迎えに行かなくてはならないと、そのまま休むことなく車で空港に迎えに行き、教会にお連れするのですが、著者はふらついており、普通の状態ではありませんでした。

夜の夕拝で説教をするアメリカの伝道師の通訳もしなければならず、周りの人たちは心配して、他の通訳者を探した方が良いと助言をするのですが、やはり聞く耳を持ちません。

通訳も、「神の力は私を通して働くのだ。正しく通訳をできるのは私しかいない」と考えるために、他の人には任せることができませんでした。

しかし、伝道師の説教を通訳しながら、著者は公の場で意識を失い、倒れてしまい、救急車で病院に運ばれる事態になってしまったのです。

通訳を失った集会は、途中解散となり、著者の人生において忘れることができない公の場での発病となり、その後10年間、その病のために何度も死線をさまようような闘病生活をすることになるのです。

「 子よ、私はあなたを癒します。しかし、その癒しは10年かかります。 」

これが、著者が神様に祈る中で与えられた返答であり、著者は、この10年間を回想しながら、自らの傲慢を打ち砕くために、神様が10年間を費やさなくてはならなかったのだと語っています。

著者は、このような病魔との闘いの中で、その苦痛の中に、深い神様のみ意があることを見出して行くようになります。

そして、著者の人間の頭と能力で考えられる次元をはるかに超えた神様のご計画が示されるようになり、世界が注目するしかない驚くべき教会の成長と発展、成功を収めて行きます。


最初に、記事にして行こうと思うのは、1958年に韓国のソウルの貧民地区の小さな天幕教会から始まり、今では単一教会としては世界最大にまで成長発展した教会、純福音中央教会の牧師、パウロ・チョー・ヨンギ牧師が出版された「区域礼拝・成功の法則」を読んで、心に記憶された言葉や所感などを紹介したいと思います。

「 神は成功の秘訣を備えていてくださり、すべての教会がこの秘訣を自分のものとすることを願っておられたのです。 」(序)

このように、序文でもある「なぜ区域礼拝か」の著者のあいさつに、神様から授かった成功の秘訣を国境を超えて、すべての教会と分かち合うことが神様の願いであり、神様の願いに応えるかたちで、この本が世に現れるようになったことが述べられています。

そして、

「 教会成長は副産物であって、本当の秘訣は区域礼拝なのです。 」(序)

このように述べており、教会成長の最重要ポイントがどこにあるかと言うと「区域礼拝」にあり、著者の本のタイトルになっているのを見てもわかります。

「 区域礼拝の制度は、教会のすべての信徒に教会の宣教活動と、自分の住んでいる地区の人々に福音を伝えて、リバイバルをもたらす機会を与えるものです。 」(序)

著者は、教会が強力な牧師個人の力に頼らなければならないあり方を好ましく思わず、区域礼拝の制度を用いることで、ときおり起こるリバイバルではなく、一年365日続くリバイバルを可能にし、伝道活動においても驚くべき成果をもたらす成功の秘訣を神様から伝授されたと述べているのです。

これから、少しずつ著者の言葉と思想、成功の原則を紹介して参ります。
キリスト教は、宗教を語る時に欠かせない文化と文明圏を世界にもたらす功績を持ち、多くの迫害と試練を経ながらも、それを克服して成長、発展して来た実績を持っています。

その精神的支柱となって来たのは、他でもない神の子イエス・キリストであり、その経典である聖書は、国境、境界線を越えて、多くの人々に読まれ、その読者は、いつの時代も絶えることがありません。

世界における信者数は20億人を超えていますので、世界最大の宗教であることは言うまでもありません。

ただ、日本国内においては300万人を下る程度ですから、神道、仏教と比べれば、少数派と言えます。

私が、このように「キリストに倣いて」、キリスト教書籍を読み、そこから多くを学んで、それを記事にしようと考えたのは、「キリストの精神」は、時代を超えて、国境、人種を超えて必要不可欠なものであり、この日本の国づくり、人づくりにも、間違いなく貢献できると考えるからです。

特に、「世界の中の日本」を考える時、日本が世界のために貢献する支柱に、この「キリストの精神」を置くべきだと考えています。

「経済大国」と呼ばれるようになった日本ではありますが、国の豊かさは、経済だけで計れるものではないことは周知の事実です。

かつて、「太陽の沈まない国」と呼ばれるほど栄えたスペイン、イギリスは、今日、どのようになっているでしょうか?

植民地化して得た領土や戦力、物質的な豊かさは、いつまでも、長くは保てないということです。

私は、今も色褪せることなく、私の心をつかんで離さない「キリストの精神」は、過去と現在と未来に渡って、永久に光り輝ける精神であると考えています。

そして、その精神は、常に進化するべきであり、先人たちの残した精神伝統を正しく相続して、発展させるべきです。

キリスト教書籍の中でも、特に私が記事にしようと考えているのは、キリスト教の人づくりの現場である「教会の成長と発展」に貢献している「キリストの精神」です。

これから読む本も多く、私の学習のための個人ノート、備忘録として、国づくり、人づくりを考察する資にしようと思っています。

どうぞ、よろしくお願い致します。