友へ。

元気ですか、悩んで落ち込んだりしてないかな。今日もファイト、ファイト!

昨日は水の洗礼について、書かせてもらって、いつも謙虚でへりくだる姿勢でいよう、と言わさせてもらいました。今日はね、こころの本心ということについて、書きます。

イエス様は洗礼を受けられて清められた後、すぐに荒野に退かれ、宣教活動の最終準備として、断食をされ身を清め、ただひたすらに祈られた。神の御旨の成就を。そして、サタンの誘惑に逢われた。

断食が終わろうとした、貧しさ、飢餓の極みの最後の日、サタンの声がした。「石をパンに変えよ」

そして、イエス様は福音の声を発せられた。「人はパンのみにて生きているのではない。神の口から出る、ひとつひとつの言葉で生きる」そう言って、誘惑に勝った。

さらにサタンはイエス様を山の頂に連れて行き、言った。「わたしを拝むなら、この眼下の地上の世界の安楽と栄華と繁栄の権能を与えよう」イエス様は福音の声を発せられた。「退け、サタン!主は神のみ。

私は主なる神にのみ仕える」そう言って、誘惑を退けた。

食物には絶対してはいけない石を神は決して食物に変えて与えたりはしない。それを成し得るのは「金」の力である。またひとは金だけの力で得たパンだけを食べて満足し続ける生き物ではないよね。

イエス様は肉体よりも精神性を優先して、こころからでる言葉を大切にしようと言っている。

でもこのようなイエス様とサタンの出来事は今の私たちの日常生活でも起こっていることだと思いませんか?生活のお金のためにしかたなく辛抱しているけど、本心は違う。食べていけたらそれでいいかなあ~と思いつつ、本当はこうやって生きたい!と思っているがあるでしょう!

人生においてお金をめぐっていろいろな局面に遭遇し、みんないろいろ選択をして生きていっているんだけど、自分の本当のこころからでる言葉、行動、夢、そんなかけがえのないもののためには、気持ちのこもらないお金だけの世界をはっきりと拒否する力が大事だよね。

その拒否する力を奏でていれば、拒否したために今現在の生活はくずれても、いつかきっとかけがえのない夢が実現するよ!たとえ、ささやかな夢であってもいいじゃない。夢がなんにもない大きな世界より。

友よ。

夢を決してあきらめず、ひとつひとつの選択を大事にして、自分の本心に立ち返ろう!

こころの友。桑原康彦より。

2010.8.29