お久しぶりです、約2年ぶりです。
このブログを最後に更新したのが2024年8月。その前の更新からも1年2ヶ月開いていましたので、この3年ちょっとで2本しか書いていないという、なかなかのサボり具合です。
読んでくれていた方がいれば「あれ、どうした?」と思っていたかもしれません。
ただ正直、2年も更新しなかったら、そもそも私の存在を忘れられている可能性の方が高いですが(笑)
改めて、戻ってきました。福井健太です。
私の人生は、節目節目でそれなりの決断をしてきました。
中学入学時から剣道を始め、高校に入学以降も剣道に打ち込みました。
ただ、入学してしばらくして、ふと思いました。「青春を剣道だけで終わらせていいのか」と。
そしてあまりモテないし、、、剣道部は。
そもそも剣道という競技は、野球やサッカーと違って、お面を被っているから試合で目立っても顔が分からないんです。
そんな邪な事を考えていた16歳の私でした。
そんな悩みの中、ついに剣道部を辞めてしまいますが、その後は一時期大学進学を目指して勉強に打ち込みます。
人生で一番偏差値が高かったのはこの頃(高校2年)でした。
しかし、またもや勉強にも飽き始めます、、、そして中学の頃からやっていたバンド活動(担当はベース)が、また頭をもたげてきました。
そして何を思ったか、勉強どころか、高校まで中退してしまい、バンド活動を本格的に再開。メジャーデビューを目指すべく、17歳で高校を中退しました。
実家を出て、一人暮らし。昼はアルバイト、夜はライブハウスで地道に活動する日々です。正直、しんどかったです。超絶貧乏だった頃です。
でも当時の自分には、迷いはなかったように思います。ただひたすら目の前の事を必死でやる、という感覚だけで動いていました。
しかし、19歳の時に、自分の音楽センスの無さに気付きます(笑)気付くのが遅い。
実はこの頃、もう一つ大きな出来事がありました。
17歳で某新興仏教団体に入信したんです。炎上したらいやなので、団体の固有名詞は伏せますが、誰も知る有名団体です。
きっかけは知人の紹介でした。最初は「なるほど」と思う部分もありました。
ただ学べば学ぶほど、活動すればするほど、教えの内容と実態の間にある乖離が気になってきて、どうしても疑問が拭えなくなっていきました。
だったら自分で調べよう、と。18歳から独学で仏教を勉強し始め、勉強すればするほど、その団体の方が言う事の矛盾を拭いきれなくなり、19歳で脱退しました。
音楽センスの無さに気づいて、仏教団体も辞めて、でも生活しないといけないので就職、というなかなかカオスな19歳です(笑)
何やら生きるエネルギーは有り余ってそうではありますが。
ただこの経験が、後の自分を大きく変えることになります。「教えてもらったことをそのまま信じるのではなく、自分で考える」という事や、一つ一つの積み重ねが一番大事という事に、この頃気付いたように思います。
そこから地元の不動産会社に就職し、営業マンの下積み(地獄の下積みでした)を経て、22歳で大手住宅会社に転職、単身愛知へ。その後リーマンショックを機に独立し、2009年に神戸都市開発株式会社を設立。今年で創業18年目を迎えます。
剣道→バンド→某仏教団体→不動産→起業。なんというか、カオスというか、、振れ幅の大きい人生です。
創業以来は、会社を成長させていく中で、無我夢中でずっと走り続けてきました。
お客様に喜んでもらうこと。会社を成長させること。社員を守ること。それだけを考えて走ってきました。
ただ今振り返ると、その頃の自分は喜怒哀楽に支配されていたと思います。数字が上がれば喜び、トラブルが起きれば怒り、上手くいかなければ落ち込み、また持ち直す。良いことも悪いことも、全部自分の感情に直撃してくる感じです。それが原動力でもあったんですが、同時にものすごく消耗もしていました。
そしてある時から、何となく考えるようになりました。「目標を達成しても、また次の目標が出てくる。会社が成長しても、また新しい課題が出てくる。この繰り返しの先に、何があるんだろう」と。
達成感があっても、どこか満たされない。その感覚が、じわじわと大きくなっていきました。
それが4年ほど前のことです。
そこから旅をするようになりました。
元々大好きだった歴史を学び、全国の城や寺社を巡り、そして改めて仏教を再び深く学ぶようになりました。19歳まで独学で仏教を勉強していたので、その下地はありました。ただ今回は、もっと深くのめり込みました。
仕事をセーブしながら、色々旅をしたり、ゆっくりとした時間を過ごしたり、仏教を学んだり、、、、でもどこか満たされない、というか悩みがすっと溶けない、なにやら悶々とした時間を過ごしていました。
その中で出会ったのが、禅の言葉です。
見山是山、見山不是山、見山只是山。
「山は山である→山は山ではない→山はただ山である」という三段階の話です。
はじめは世界をそのまま見ている。次に「山という名前は人間がつけただけで、絶対的な実体はない」と気づく。
でもそこで終わらず、最後には「固定した実体はないけれど、山は現実として山として機能している」と認める。
この「機能を認める」という考え方が、中観仏教の核心だと思いました。
存在に固定した意味はない。でも、今ここで果たすべき機能がある。
そしてある時、本気で出家を考えるようになりました。
お坊さんになることを、自ら希望したんです。
「社会の中で生きることに、もう疲れた」というより、「本格的に出家した方が、もっと仏教の本質に近づけるんじゃないか」という感覚でした。
むしろ前向きな選択として、真剣に考えていました。
まあ、疲れた、、、というより燃え尽きていた、という表現が正しいかもしれません。
お坊さんになる為の方法を色々と調べましたが、中途半端な形ではできません。
通信教育や、在宅ワークのような形ではもちろんできません。
バンドでプロを目指して高校中退した男が、今度はお坊さんを希望。我ながら、節目の決断がなかなか振り切れています(笑)
しかし、そんな私に、私の仏教の師はこう言いました。
「あなたはまだまだ社会で果たすべき機能がある。」
禅の「山はただ山として機能している」と、同じ話だと思いました。私には私の、今ここで果たすべき機能がある。
その言葉が、スッと腑に落ちました。
数年自分探しの旅をしていた私ですが、師の言葉に突き動かされ、昨年9月から、ついに仕事の現場に本格復帰しました。
パワーアップして帰ってきた、福井2.0です。
業種は相変わらず同じ(不動産、建築)ですので、やる事は3年前と基本的に変わりません。
でも、景色が少し違って見える気がしています。
以前は喜怒哀楽に支配されていた。今は喜怒哀楽を認めながら、それでも今日の仕事を誠実にやる。感情を消すのではなく、感情に振り回されない。そういう感覚に近いかもしれません。
「生まれ変わった」は大げさかもしれないけれど、それくらいの気持ちで今は立っています。
今は仕事が、心底楽しいです。
そしてもう一つ、これは私が本当に運が良かったと思う(基本的に私の人生は運と勘だけで生きてきましたが)事があります。
福井2.0を今43歳で始める事が出来た事(10年後だったら本当に出家していたかも)、そして新たな出発にあたり、会社の仲間が私も信じて付いてきてくれた事、そして私の現場復帰を喜んでくれているお客様、、、
本当に私は運の良い幸せ者だと思います。
このブログも、また書いていこうと思います。
今度は肩肘張らずに、ゆるーく書いていきます。
不動産の話も書くし、旅の話も書くし、こういうぐるぐる考えたことも書く。
3年分のネタが溜まっているので、しばらくは困らなそうです。
ただ福井2.0はちょっと仏教の話が多めかもです 笑
そして相変わらず趣味の写真は続いています。
3年間あちこち旅をして、綺麗な写真が一杯あります、とりあえず今日の最後に、滝の写真を載せておきますね!
あと福井2.0っぽい写真も 笑
では、また読んでください。





