○大阪市廃止の住民投票
11月1日、大阪市を廃止し特別区に分割するいわゆる「大阪都構想」の是非を問う、二度目の住民投票が行われた。結果は反対多数、大阪市は存続することになった。なぜ否決されたのか、なぜ「時代遅れの構想」と言えるのか、振り返ってみたい。今回の住民投票を「大阪都構想」の是非を問うものだと説明する報道もされていたが、「大阪都構想」はニックネームに過ぎない。その正式名称は、「大阪市廃止・特別区設置住民投票」だ。大阪市という政令指定都市(以下、政令市)を廃止し、四つの特別区に分割することに賛成か反対かを、大阪市民に問う住民投票なのである。では、具体的に大阪市が廃止されたらどうなっていたのか?実は、「大阪都構想」の設計図とも言われる特別区設置協定書(大阪市ホームページで閲覧可能)にも、大阪市を廃止・分割した後の具体的なことはほとんど書かれていない。そして、そのことが問題を難解にしている。決まっていないことが多すぎるため、大阪市廃止後の住民生活は具体的にどう変わるのか、賛成派は良くなると言い、反対派は悪くなると言う。議論が空中戦と化す所以だ。大阪市廃止となった場合、その後に起こることとして、確定している事実と、未だ確定はしていないものの高確率で起こるであろう事柄とがある。この二者を峻別しながら、以下で話を進めよう。

○大阪市廃止で確実に起きていたこと
大阪市を廃止し特別区に分割すれば、以下のことが起こると考えられていた。
(1)自治権限、機能の低下
大阪市が廃止され、特別区に分割すると権限が低下する。今の大阪市は政令市ゆえに、府の権限の90%以上が移譲されている。例えば府を通さずに予算などについて国に直接交渉、要望することが可能である。そのため独自のスピード感ある街づくりができる。しかし大阪市を廃止し特別区になれば、このような権限は失われる。特別区の上には一部事務組合という組織が置かれ、国に要望がある場合などは、特別区→一部事務組合→大阪府→日本政府という伝言ゲームを行うことになる。また特別区では、水道や消防、救急といった、村でも可能な基本的な行政についても独自で行うことができず、全て大阪府の管轄になる。
(2)自主財源マイナス5000億円、財源総額マイナス2000億円
現在、大阪市は市税6,601億円を自主財源として持ち、これに地方交付税などを合わせ、総額8,785億円を全体の財源としている。これが大阪市から特別区に分割されると、市税6,601億円が四特別区の合計区税1,748億円になり、自主財源としては4分の1になる。そしてこれに財政調整交付金などを計上し、合計6,749億円が四特別区の財源総額となる。要するに、大阪市から四特別区になれば、自主財源は5000億円マイナスになり、財源総額では2000億円マイナスになる(平成27年度決算ベース)。
(3)特別区設置コストがかかる
大阪市を廃止し特別区を設置するのも、当然コストがかかる。自民党会派による試算では、ランニングコスト含めはじめの15年間で1,340億円。賛成派の試算では、イニシャルコストで241億円、ランニングコストで年間別途30億円とされている(賛成派の試算の甘さについて言いたいことはあるが紙幅の関係上、省く)。またこれらに加えて数値化しづらいが、移行作業には職員の労力も割かれる。
(4)政令市・大阪市に戻れない
一度、大阪市が廃止されれば、もう元には戻れない。特別区を一般の市にする法律がそもそも存在しないからだ。またそのような法律を作るには、大変な時間と労力がかかる。仮に一般市に戻る法律が実現しても、かなり遠い未来の話になるだろう。
(5)住所が変わる
大阪市が廃止されれば、当然住所が変わる。例えば、「大阪府 大阪市 阿倍野区 ○○」という現在の住所は、「大阪府 天王寺区 阿倍野 〇〇」になる。この際、企業・団体で管理する名簿や個人の名刺などの住所変更は自己負担となる。なお誤解している方もおられるが、「大阪都」にはならない。以上の5つについてはただの事実だから、賛成派からも特段の異論はないだろう。それでは、その結果として何が起こるのだろうか? 以下の懸念事項が多くの学者、専門家から指摘されている。

○大阪市廃止で懸念されていた事項
(1)住民サービスの低下
大阪市から特別区に移行すれば、事実として自治権限と財源が低減し、コストがかかる。その結果として、恐らく住民サービスは低下する。財源が減ってサービスを維持できる道理はない。例えばコロナ前の財政シミュレーションでも、特別区設置に伴いスポーツセンターなどの17億円分の市民利用施設の縮小削減が想定されていた。コロナ禍を経て税収減が見込まれる今後は、住民サービスの縮小削減がより進むことは想像に難くない。さらに府・区の財政が厳しくなれば、公営住宅や生涯学習、区民イベントなど生活に密着した事業の廃止もありえる。
(2)公共料金の値上げ
水道料金など公共料金の値上げも考えられる。財源が低下しコストが増えるなか、意地でも住民サービスを維持するというのならば、税金、公共料金の値上げは避けられない。なお大阪市副首都推進局は「特別区設置に伴って公共料金の値上げはない」としているが、これは特別区設置時点、即ち2025年1月1日時点での値上げはないという意味であり、それ以降の値上げはありえるのである。
(3)区役所が分かりづらく、遠くなる
特別区が設置されれば、今までの区役所は窓口業務を行う支所になる。しかしそこには区長もおらず、これまでの業務の大部分は特別区役所で行うことになる。またこれらの二箇所とは別に、現在の市役所を各特別区で間借りし、特別区本庁舎として使用する予定だ。つまり、現在の区役所・特別区役所・現在の大阪市役所、これらの三箇所に区役所機能が分散し、用事によってどこに行けばいいのか分かりづらい状況になる。また、これまでは地元の区役所で事足りていた用事も、改めて特別区役所などに足を伸ばす必要が生じてくる可能性が高い。
(4)防災体制の劣化
大阪市から特別区に移行することで、防災体制が劣化すると専門家は警鐘を鳴らしている。大災害が起きた場合、今の大阪市の一極体制はポジティブに作用する。市長が災害対策本部長になり、シンプルな指揮命令系統が敷かれる。しかし、四特別区では区長がそれぞれ災害対策本部長になり本部会議を開くが、発災直後の切羽詰まった状況で認識の統一をはかることができない。確かにこういった体制については、「大阪都構想」の設計図である協定書には具体的に定められていない。以上のほかにも、特別区移行期間に少なくない行政サービスが空白期間を持ってしまうことや、特別区設置に伴う職員の増加に対し人材が確保できる保証がないことなど、懸念は尽きない。

○大阪市廃止のメリット
ある世論調査によれば、賛成に投票予定だった方の主な賛成理由は、第一位が「二重行政が解消されるから」、第二位が「経済成長につながるから」であったという。では、大阪市廃止による、これらのメリットは本当だったのか。先ず、二重行政という言葉だが、実はこの語の定義は定かでない。複数の意味内容がこの言葉に込められて用いられる。例えば維新の会の政策パンフレットには、大阪市立中央図書館と大阪府立中央図書館が二重行政の例として挙げられている。大きな図書館が二つもあるのは無駄だというらしい。しかし、二つの図書館にはそれなりに距離があるし、住民にとって図書館の選択肢が二重にあることは財産以外の何ものでもない、と筆者などは思う。またどうやら、大阪市と大阪府で仲が悪くて意見調整が大変なことを、二重行政と表現する場合もあるらしい。意見の調整を容易くするために大阪市廃止が必要なのだと、賛成派は主張する。しかし、大阪市を廃止し特別区に解体すると、意見調整の回数自体は増える。特別区と大阪府の間に一部事務組合という組織が挟まり、結局この三者の間で意見調整が発生するからである。特別区は大阪府の言いなりになるから意見調整は必要ないのだと賛成派が主張しているのを耳にしたことがあるが、それこそ住民の自治権無視ではないかと呆れてしまった。今一つ何が悪いのか誰も分からずにイチャモンをつけているのが、「二重行政」の正体ではないだろうか。しかも賛成派の松井一郎大阪市長は、現在の大阪には二重行政はないと市議会の答弁で言明している。もはや賛成派が何と戦っているのか、よく分からないのが本音だ。次に、大阪市を廃止したところで経済成長につながるわけではないということは、強調しておきたい。都市制度と経済成長に因果関係は証明されていないのである。これも再三、専門家から指摘を受けている点だ。しかも4年以上の歳月と多大な労力をかけて行政システムの移行に専念し、その間の成長戦略はどのように展開されるのか、不安が尽きない。そもそも政令市を特別区にして経済成長するなら、他の自治体でもやっている。しかし、横浜市や名古屋市を廃止するだなんて話は聞こえてこない。

○地方分権・地域内分権への逆行
これまで、東京一極集中を是正するため、国を挙げて地方分権の方向に舵を切ってきた。その流れの中で市町村を合併し、また政令市や中核市を増やしてきた経緯がある。そして道府県の持つ権限を、政令市や中核市に移譲する取り組みを進めてきた。より住民に寄り添った、効率的な行政サービスを提供できる、地域内分権を推進してきたのである。道府県から大きな市へ、というのが日本全国での地方分権の進め方だ。特に菅総理はこのコロナ禍への対応を見て、災害などに機動的に対応ができる政令市の権限を、さらに強化する考えを示された。こういった流れに沿って大阪市を強化し、商都大阪の発展につなげていくべきだというのが、自民党議員としての筆者の意見である。しかしこれに逆行し、大阪市の権限と財源を府に移行させようとするのが「大阪都構想」なのだ。時代遅れの構想だと、筆者は思う。


日経ビジネス2020/11/2(月) 5:01配信