もし実家の土地建物を相続し、仮にそれが今住んでいるところから遠く離れている場合、どうすべきか? 都会にいる子どもが相続した場合、田舎にある実家に住むことは難しい。人に貸すか、空き家のままにするか、売るしか方法はなさそうだ。だが貸すといっても、地方、特に人口の減少が著しいところで借り手を見つけるのはそう簡単ではない。また親から引き継いだ実家に思い入れがあったり、よほど立地がよくないかぎり、安く売りに出しても買い手が見つからなかったりするため、空き家のまま放置している人も多い。こうしたケースは団塊の世代が70代になると、増える一方だといわれる。
■売り主がおカネを払っても「売れない空き家」とは?
相続問題を専門に扱っている「相続ハウス」の税理士、吉野貴士さんは、空き家を活用できずに放置しているなら、「売る」ことを考えたほうがいいと話す。「人口の減少、少子化・高齢化で、これから空き家はますます増えていくので、電車が走っていなかったり、バスがなかなか来ないようなエリアでは、売り主がおカネを払っても買い手が見つからないというケースも出てきます。所有しているだけで維持管理費、固定資産税などの費用がかかるので、安くてもまだ売れるうちに処分することをお勧めしています。今なら、場合によっては想定価格よりも高く売れるケースもあるからです」高く売れたケースはのちほど紹介するとして、ここで日本の空き家の状況を簡単に見てみよう。経済産業省統計局の調査によれば、空き家の総数は20年前に比べて1.8倍(448万戸?820万戸、2013年)に増加し、今後も増加の一途をたどりそうだ。総務省統計局の「住宅・土地統計調査」でも、日本の住宅の7軒に1軒は空き家で、過去最高水準の数字になっている。
■空き家への優遇措置も、終わってしまった
空き家の多くは、管理や手入れがされていない「放置空き家」で、それが最近になって問題視されているのは、地域環境を悪化させる原因となっているためだ。国土交通省によれば、管理不全な空き家によって、次のようなデメリットが生じると考えられている。
・防災性の低下
倒壊、崩壊、屋根・外壁の落下、火災発生のおそれ
・防犯性の低下
犯罪の誘発
・ゴミの不法投棄
・衛生の悪化、悪臭の発生
蚊、ハエ、ネズミ、野良猫の発生・集中
・風景、景観の悪化
・物件の市場性の低下をもたらし、不動産としての有効活用の機会損失につながる懸念
ほかにも、空き家を保有しているリスクとして、マンションなら維持管理費がかかること、火災などによって周辺住宅に被害を与えてしまった場合の賠償責任、犯罪グループといった反社会勢力による占拠、利用などが挙げられる。空き家密集エリアなら、税収の激減によって電気、ガス、水道といったインフラが止められる可能性もあり、ますますゴーストタウン化していくおそれもある。「空き家増加の大きな原因は、税制面にありました。これまでは土地に建物さえ建っていれば、固定資産税が大幅に減額されていたからです。しかし、2015年に空き家対策の推進に関する特別措置法が施行され、この措置がなくなったため、処分に困っている所有者が増えています」(前出の吉野税理士)。確かに、吉野氏の言うとおり、3年前までなら、土地に上物さえ建っていれば固定資産税は少なくて済んだ。以下のとおりだ。
■土地の固定資産税(家屋あり・なしの場合)
固定資産税(および都市計画税)は通常、土地・建物の固定資産税評価額に基づく課税標準に対し、1.4%の固定資産税と、0.3%の都市計画税が課せられる。ただし、住宅の敷地となっている土地については、固定資産税・都市計画税についてそれぞれ減免措置がとられている。
更地の場合
課税標準額=土地の固定資産税評価額
??減免措置なし
住宅の敷地の場合
(固定資産税)
200㎡以下の部分
課税標準額=土地の固定資産税評価額 × 1/6
200㎡超の部分
課税標準額=土地の固定資産税評価額 × 1/3
(都市計画税)
200㎡以下の部分
課税標準額=土地の固定資産税評価額 × 1/3
200㎡超の部分
課税標準額=土地の固定資産税評価額 × 2/3
ところが、法改正によって土地に上物があっても、「特定空き家等」と見なされると、それまで受けられた上記のような減免が受けられなくなった。相続の中で該当者の多い200㎡以下の土地家屋でも、減免がなくなるため、従来の6倍もの固定資産税を払うことになるのだ。ここで指摘される「特定空き家等」とは、次の状態にある空き家のことを指す。
「特定空き家等」の特徴
① 倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある状態
② 著しく衛生上有害となるおそれのある状態
③ 適切な管理が行われないことにより著しく景観を損なっている状態
④ その他周辺の生活環境の保全を図るために放置することが不適切である状態
これらは市区町村によって適宜、必要な調査が行われ認定される。さらに市区町村は、「特定空き家等」に対して除却、修繕、立木、竹の伐採等の措置の助言、または指導、勧告、命令ができる権限がある。そのため、もし所有者が除却、修繕などの指導、勧告、命令に従わなかった場合、行政代執行といって、市区町村が除却、修繕を強制執行することができ、その代金は所有者に請求されることになるのだ。
所有者の中には、月に1度は空き家の手入れをしているという人もいるだろう。この場合、「特定空き家等」には当たらない。だがこうした空き家が悪用されるケースも最近増えているという。愛媛県今治市の松山刑務所から脱走した受刑者の話は記憶に新しいはずだ。広島県尾道市の人口2万人あまりの向島の空き家に潜伏し、1万人の捜査員による捜索にもかかわらず、22日間も捕まえられなかった。なかなか探し出せなかった背景には、受刑者が潜伏した空き家が、きちんと手入れがされていて、生活感があったからではないかといわれている。空き家問題は、いまのところ主に地方の問題と見られている。だが、東京などの都市部も無縁ではない。東京都心を中心に人口の流入は続くものの、その流れは徐々におさまっている。しかも、東京オリンピックの2年後の2022年に、土地の供給が一気に進むと観測されているからだ。「1992年に生産緑地法が改正され、都市の環境保全のために、市街化区域にある500㎡以上の農地などを『生産緑地』と指定し、固定資産税などの税金を優遇していました。この生産緑地制度はちょうど30年後の2022年に、所有者が死亡したり、農業をやめたりする場合、自治体が買い取ることになっているのです」(前出・吉野氏)2022年以降も引き続き農業を営む場合、この制度は継続適用される。しかし、実際は跡を継ぐ後継者がいないところが多いため、これらの農地の多くが宅地に転用される可能性が高まっている。また、自治体がこれらの農地を買い取ることになっているが、財政難の自治体が多いなか、すべてを買い取ることは難しそうだ。そこで、最後に残る選択肢が「売却」というわけだ。生産緑地は、世田谷、杉並、練馬などの東京23区の中でも広がっているため、アベノミクスによる地価の高騰が続く東京の不動産市場を揺るがすのではないかといわれる。
■築40年の「ボロ物件」でも高く売るコツとは?
では、こうした事態が起こる前に、売却するためのコツなどはあるのか。
「相続する物件は古いものが多いので基本的に上物には価値がなく、土地の価値で価格が算出されます。マンションの場合、多少おカネをかけてリフォームをすることで、リフォームにかけた金額以上で売却されたケースも少なくありません」(同)
吉野さんが成功例として挙げるのが以下の例だ。東京・城北エリアにある中古マンションで、場所はJR山手線の駅から徒歩5分という好立地にあったが、築40年以上のため、そのままの状態なら1800万円と査定された。だが仲介業者からは、1800万円でも買い手がつかないのではといわれたので、500万円かけてリフォームした結果、2600万円で売却できたのです。「売却することで空き家保有のデメリットを解消できますし、こうして含み益まで出れば万々歳でしょう」(同)。もちろん、売却益が生じた場合、譲渡所得として所得税・住民税の課税対象になる。購入したのが何十年も前のため、取得額がわからない場合は売却価格の5%で算出する。この場合、売却益および譲渡所得に対する税金が多額になる可能性があるので、注意すべきだ。ただし相続発生から3年目の年末までに売却すれば、3000万円の控除が受けられる可能性がある。もし実家を相続する場合、「とりあえず放置」ではなく、「活用する」か「売る」かを選択し、いち早く行動に出ることで、相続した実家が将来の足かせにならずにすむはずだ。
伊藤 洋二:ジャーナリスト、編集者
東洋経済オンライン / 2018年6月17日 8時0分