石造を求めて№70
沖縄県今帰仁村運天港 「無名の古墓群」

運天港北側の崖地には南向きに百按司墓(ムムジャナバカ)、大北墓(ウーニシバカ)、大和墓(二基の墓塔)、その他に50あまりの無名の古墓群があるといわれているが墓碑などはなく調査もされてなく謎である。

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琉球建築 (著者:田辺泰 座右宝刊行会、1972年)より転載) 前面はチニブで閉じられていた

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同上(田辺泰)より  左手に見える墓は貫木屋墓(掘り込み形式の岩場に木造の墓) 右手の墓口は板戸で覆われていたと思われるが朽ち果てている。

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崖地にどのようにして彫り込んだのだろうか?

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無名の横穴掘り込み式の前面はかつてはチニブで覆わていたが、時代をへると板戸で閉じられ、現在はコンクリートブロックで閉じられているのが殆どである。

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右手に見える墓地は掘り込み岩に木造墓、その右は板戸のまま、木棺が見えている。墓は全て南向きである(風水思想?)

岸壁に見える先人の墓跡を見るとなぜか中国の石窟遺跡を思い出させます。
天然の良港である運天港は琉球王府時代から中国との交易がさかんだったと思われます。そして「運を天に任せる」源為朝伝説もありロマンを感じさせます。