私の幼少年期を過ごした村は豊かな自然環境に囲まれていた。海(イノー)、森、原野と駈けずり回って遊んだものです。
時に、ススキの中に落ちていくヒバリを探し素晴らしい巣の中にヒナを見つけた時の感動喜び、桑の木に登り紫色に熟した実をほおばったり(桑の木は成長が早く台風でやられてもすぐに芽を出す)、フクギの木の上に秘密小屋を作ったり、ゴムカン(パチンコ)でスズメを打ち落としたり、鳥カゴでメジロを捕獲したり、また先輩や同輩、後輩達との集団遊びの中でいろんなことを学び、心豊かな人間性も培われた。ウーマクワラバー(ガキ大将)が存在していた時代でもあった。
小学校で歌った曲は何歳になっても忘れないように、幼少期の空間体験、原風景は人の生き方にも大いに影響を与えているようだ。
翻って、生まれた時からインターネットがある環境で育った子供達は外での遊びを忘れてしまったと言われて久しい。それにしても歩きながら、あるいはバス停など、いろんなところで物言わぬ画面を見つめつつ、せわしなく指を動かせている子供達の様子を見ていると不思議に思うのは私一人だけだろうか。ネット社会はコミュニケーションがうまくとれない子供達を生み出しつつあり懸念されている。
いま、子供達に一番必要なのは何にもまして情操教育ではないのか。子供達の目を輝かせるのも、曇らせるのも大人社会である。

海洋博が開催される数年前(小学校3年時)本部半島の当時舗装もされていないコーラル敷の県道を時たま観光バスが周回していた。
小学校の帰り道の途中に通称チニヤンピラ(小広場)があり、そこはソテツ群生があり観光スポットであった。そこで出会った観光客が撮ってくれた先輩、後輩たちとの写真である。写真は当時の小学校(今は廃校)宛にそれぞれの名前で送られ来たもので古き良き時代、昭和のモノクローム写真で私の大切な思い出の一枚である。写真を撮って送って下さった方は本土の人か沖縄の人か今となっては判らない。
私は真ん中にいる。肩を組んでいる同級生のYS君は4年生の時に那覇に転校し、私も中学校の時にコザに転校した。それ以来彼とは会わずじまい、風のうわさでは北海道の大学で教授になっているらしい。えらい出世したもんだ。
今夜の一曲 井上陽水「少年時代」1990年
ユーホーが出そうな荒野で羊飼いの少年に会った 彼の目はどこまでも透明に輝いていた 僕らはあの純朴さを失ったのかも知れない 僕らはほんとうに豊かなのかなー あいつに乾杯 (1979年サントリーオールドCM 羊飼い編)
沖縄は今日、旧盆のウークイである泡盛で祖先に乾杯!