さあ、最終章に入ってきました。
役者が勢ぞろいして、クライマックスに。
今夜は刑事が主役ですね。刑事は信夫に何を・・・。
第六章(最終章) ①
「何があったんですか?」
信夫は眼を伏せたまま、注文の黒ビールを
グラスに注いで刑事の前に滑らせた。
眼を見せたくはなかった。
あと数時間で賭場になるこの店で、闇の部分は
伏せておきたかったし、怒りも見せたくはなかった。
ただ、訊きたいことはあった。
死を選んだ理由と、あの男のことだ。
「……悲しいな。言ってはいけないことだが、あの程度で、という油断はあった。レイプ事件なんて、察内ではそういう扱いだ。毎日、毎日、どこかで、何人もの女が酷い目にあっている。しかし、数が多すぎて対応しきれないのが現実だ。酷い犯罪だとはわかっちゃいるがな」
白髪の老刑事はそう言うと、黒ビールの入った
グラスに口をつけ、半分ほどを飲んだ。
「それとな、ま、こっちの方が自殺に追い込んだのだと思うが、ま、推測でしかないがな。……あの子、妊娠していたんだよ」
信夫は、眉間にしわのよった顔で刑事を睨み
つけたが、信夫のそういう反応を予想していた
ように、刑事の眼は小窓の方に逃げていた。
小窓に陽は残っていなかった。
「逃げた男、わかってんだろ」
信夫の隠しきれない怒りが、口調に出てしまった。
「ああ、わかってるさ。柏木さん、あなたも知っている男だったよ」
「もう捕まえたのか?」
「いや、捕まえることは無理だな。警察では、この事件、もうすぐ終わることになっている。逮捕できていたら、今ごろ大騒ぎだよ」
刑事は、ビールを飲み干して言った。
「政治の力ってやつなのか? そうなんだな!」
「ノーコメントだ。ふん、俺も下っ端の捜査員だからさ。悪いが正義の味方にはなれないんだよ。こんなヒラの爺さんではな」
「ふざけんな!」
信夫は憤怒して、目の前の空いたグラスを刑事
に向かって投げつけた。グラスは刑事の後ろの壁
に当たって砕け散った。
「当然だな。あんたが怒るのは当然だよ。俺も刑事の前に、ひとりの人間だ。娘もいる。だが、これが現実ってもんだ。警察の出番はもうないんだよ。ただな、あんたにはまだ出番はあるんじゃないのか?」
そう言うと、刑事は眼を鋭く細めて信夫を
見詰めた。
「どういう意味だ?」
「どういう意味もない。言葉通りだ。刑事としての話はさっきで終わりだ。この店のことは調べたよ。あの学生たちが漏らしてな。ただ、俺は生活安全課やマル暴でもないんでね。ま、この店のやっていることには関心はないのさ。あんたはそんな人間ではなさそうだし。そう言えばわかるんじゃないのか」
「俺にあいつを殺れって、いうことか」
「はは、馬鹿なことを言うもんじゃない。殺人なんて誰も許されることじゃねえ。あれは、人間をやめてしまう狂った奴だけに許されることだ。怨み辛みでの人殺しなんて、殺した方が馬鹿をみる。狂ってしまうんだよ。同情する殺人事件なんていくらでもあった。しかしな、殺しをやっちまったら終いなんだよ。あとに残るのは苦しみだけだ。殺し以外にも、あんただったら、いや、あんたにしかできないことがあるんじゃないのかい?」
信夫は、刑事の言わんとしていることが、
わかってきた。
「名前は中村茂明、民生党の衆議院議員副幹事長である中村茂徳の長男であり、公設第一秘書だな。そして、この店と北九州の系列店で賭博ポーカーにはまっている。つけが二千万円近くたまっている。そんなことかな」
「刑事さん、知らない、としか言いようがないですよ」
「ふん、刑事じゃねえって言ってるだろ。もう酒も飲んでいるしな。ここに座っているのは、警察の情報を持っているただの不思議な爺さんとでも思えばいい」
―――確かに、妙に変わった刑事だ。
しかし、信じていいのか。
信夫は刑事の眼をのぞいた。
自分の両目を鋭く、鋭く尖らせて、刑事の眼の
中に入り込んだ。いつのまにか、その黒い眼の玉
に吸い込まれそうな感覚になっているのを感じて
我に返った。温かく、そして熱かった。
「二千万なんて、あいつの父親からみればたいした額じゃねえだろ。それを払っちまったら、あいつの弱みなんてなくなる。逆に、こっちの立場が悪くなる。素人相手に、賭博ポーカーをやっている店って暴力団や警察に言われたら、この店だけじゃない、俺も危ない」
「ふん、その程度か。あんたの怒りなんて。柏木さん」
「なにぃ!」
信夫の頭に血が上った。
「あんた、自分の身が可愛いんだろ。身を賭してまで、あの子の仇を討とうなんて思っていないんだろ、違うか?はは、とんだ見当違いだったようだな。じゃ、帰るわ。お勘定」
信夫の動きが止まった。
―――自分の身が可愛いんだろ―――
身体を突き刺されたようなショックだった。
「おい、刑事さん。俺にできることは、あいつをポーカーで嵌めるぐらいしかできねえぞ。それで、有紀ちゃんの仇が討てるのか?」
信夫は開き直って、静かに言った。
言葉とは裏腹に、もはや目の前の男を刑事とは
思っていなかった。
同じ心根を持つ人間としてみていた。
「ほう、……やっと戻ったようだな。段取りは俺がとってやる。で、あんたの腕ってどの程度なんだ?」
(続く) 信夫の仕掛けの腕は?
日向から・・・。クライマックスへ向けて動いていきます。
【簡単! お小遣い稼ぎへ】
役者が勢ぞろいして、クライマックスに。
今夜は刑事が主役ですね。刑事は信夫に何を・・・。
第六章(最終章) ①
「何があったんですか?」
信夫は眼を伏せたまま、注文の黒ビールを
グラスに注いで刑事の前に滑らせた。
眼を見せたくはなかった。
あと数時間で賭場になるこの店で、闇の部分は
伏せておきたかったし、怒りも見せたくはなかった。
ただ、訊きたいことはあった。
死を選んだ理由と、あの男のことだ。
「……悲しいな。言ってはいけないことだが、あの程度で、という油断はあった。レイプ事件なんて、察内ではそういう扱いだ。毎日、毎日、どこかで、何人もの女が酷い目にあっている。しかし、数が多すぎて対応しきれないのが現実だ。酷い犯罪だとはわかっちゃいるがな」
白髪の老刑事はそう言うと、黒ビールの入った
グラスに口をつけ、半分ほどを飲んだ。
「それとな、ま、こっちの方が自殺に追い込んだのだと思うが、ま、推測でしかないがな。……あの子、妊娠していたんだよ」
信夫は、眉間にしわのよった顔で刑事を睨み
つけたが、信夫のそういう反応を予想していた
ように、刑事の眼は小窓の方に逃げていた。
小窓に陽は残っていなかった。
「逃げた男、わかってんだろ」
信夫の隠しきれない怒りが、口調に出てしまった。
「ああ、わかってるさ。柏木さん、あなたも知っている男だったよ」
「もう捕まえたのか?」
「いや、捕まえることは無理だな。警察では、この事件、もうすぐ終わることになっている。逮捕できていたら、今ごろ大騒ぎだよ」
刑事は、ビールを飲み干して言った。
「政治の力ってやつなのか? そうなんだな!」
「ノーコメントだ。ふん、俺も下っ端の捜査員だからさ。悪いが正義の味方にはなれないんだよ。こんなヒラの爺さんではな」
「ふざけんな!」
信夫は憤怒して、目の前の空いたグラスを刑事
に向かって投げつけた。グラスは刑事の後ろの壁
に当たって砕け散った。
「当然だな。あんたが怒るのは当然だよ。俺も刑事の前に、ひとりの人間だ。娘もいる。だが、これが現実ってもんだ。警察の出番はもうないんだよ。ただな、あんたにはまだ出番はあるんじゃないのか?」
そう言うと、刑事は眼を鋭く細めて信夫を
見詰めた。
「どういう意味だ?」
「どういう意味もない。言葉通りだ。刑事としての話はさっきで終わりだ。この店のことは調べたよ。あの学生たちが漏らしてな。ただ、俺は生活安全課やマル暴でもないんでね。ま、この店のやっていることには関心はないのさ。あんたはそんな人間ではなさそうだし。そう言えばわかるんじゃないのか」
「俺にあいつを殺れって、いうことか」
「はは、馬鹿なことを言うもんじゃない。殺人なんて誰も許されることじゃねえ。あれは、人間をやめてしまう狂った奴だけに許されることだ。怨み辛みでの人殺しなんて、殺した方が馬鹿をみる。狂ってしまうんだよ。同情する殺人事件なんていくらでもあった。しかしな、殺しをやっちまったら終いなんだよ。あとに残るのは苦しみだけだ。殺し以外にも、あんただったら、いや、あんたにしかできないことがあるんじゃないのかい?」
信夫は、刑事の言わんとしていることが、
わかってきた。
「名前は中村茂明、民生党の衆議院議員副幹事長である中村茂徳の長男であり、公設第一秘書だな。そして、この店と北九州の系列店で賭博ポーカーにはまっている。つけが二千万円近くたまっている。そんなことかな」
「刑事さん、知らない、としか言いようがないですよ」
「ふん、刑事じゃねえって言ってるだろ。もう酒も飲んでいるしな。ここに座っているのは、警察の情報を持っているただの不思議な爺さんとでも思えばいい」
―――確かに、妙に変わった刑事だ。
しかし、信じていいのか。
信夫は刑事の眼をのぞいた。
自分の両目を鋭く、鋭く尖らせて、刑事の眼の
中に入り込んだ。いつのまにか、その黒い眼の玉
に吸い込まれそうな感覚になっているのを感じて
我に返った。温かく、そして熱かった。
「二千万なんて、あいつの父親からみればたいした額じゃねえだろ。それを払っちまったら、あいつの弱みなんてなくなる。逆に、こっちの立場が悪くなる。素人相手に、賭博ポーカーをやっている店って暴力団や警察に言われたら、この店だけじゃない、俺も危ない」
「ふん、その程度か。あんたの怒りなんて。柏木さん」
「なにぃ!」
信夫の頭に血が上った。
「あんた、自分の身が可愛いんだろ。身を賭してまで、あの子の仇を討とうなんて思っていないんだろ、違うか?はは、とんだ見当違いだったようだな。じゃ、帰るわ。お勘定」
信夫の動きが止まった。
―――自分の身が可愛いんだろ―――
身体を突き刺されたようなショックだった。
「おい、刑事さん。俺にできることは、あいつをポーカーで嵌めるぐらいしかできねえぞ。それで、有紀ちゃんの仇が討てるのか?」
信夫は開き直って、静かに言った。
言葉とは裏腹に、もはや目の前の男を刑事とは
思っていなかった。
同じ心根を持つ人間としてみていた。
「ほう、……やっと戻ったようだな。段取りは俺がとってやる。で、あんたの腕ってどの程度なんだ?」
(続く) 信夫の仕掛けの腕は?
日向から・・・。クライマックスへ向けて動いていきます。
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