僕はその頃、働き盛りの42歳。 彼女、ユミは突然僕の前に現れた。
勤務先の山下社長がある日、うれしそうに僕の席に来た。 「今度、社長秘書として
採用した田中さんだ。 君と同じく、以前クアラルンプールにいたそうだ。 同じ
マレーシア仲間だろう。 よろしく頼むよ。」
見ると、ストレートの黒髪がきれいな、清楚かつシャープな社長秘書、という感じの
美しい女性が立っていた。 若くはないが、40代の僕には、ちょうど話もあいそうな
年頃だ。 山下社長が耳元で事情を説明してくれた。 「三友商事の駐在員夫人と
して駐在していたそうだ。 ご主人とは別れたらしい。」
どうも、現地に滞在していた期間も2年ぐらいだぶっていたようなので、すぐに妻の
ケイに電話してみたが、「う~ん、田中さんという人は知らないなあ」。 当たり前だろう。
今は旧姓に戻っているのだろうから。
すると、30分ほどして、ケイから電話があった。 「わかったよ。 当時は結婚していて
小林さんという名前だった。 ピアノがうまくて、私の所属していた駐在員夫人のコーラス
グループのピアノ担当だったんだよ。 けっこう美人だから目立っていたよね。 私も、
仲よかったよ。」
当時はへえー、と思っただけだった。 ケイはさっそく田中ユミコとの連絡をとりはじめ、
たまたま共通の駐在時代の仲間のご主人が入院されたときに一緒にお見舞いに
行ったりして、また友人としてのおつきあいが始まったようだ。 このような状況から、
まさか、ユミコとの間であの泥沼の恋愛が始まろうとは、想像もしていなかった。
<< 続く >>