おはようございます!







f735です!







「機能=ファンクション」の考察です!







例えば、ここに小さな小さなネジがあったとします。







本当に小さなネジなので、一度でも目を離せば見失ってしまうような小さなネジです。







この小さな小さなネジは、ここにあっただけでは何の役にも立ちません。







そこに、高級腕時計がやってきます。







そういうことです(o^^o)ハイ〜







あの小さな小さなネジが、あるべきポジションにハマらなければ、この高級腕時計は動かないのです。







「機能」とは、こういう事なのではないかと思います。






一つだけでは「機能」しないが

一つがなければ「機能」しない







何かと何かの関係があって、はじめて「機能」し始めるという感じなのではないかと思いました。







これはある意味、物理的な話しです。







しかし、この高級腕時計が美しく輝き「機能」し始めた瞬間から「縁起」が生まれ、それが誰かの腕にとまり、更にいろんな物語と共に「縁起」は情報的にも時空を超え(限界を決めなければ)無限に広がっていくのではないかと思います。







そんなことを考えていたら、子どもが「明日、隣りのクラスに転校生が来るんやって!」と嬉しそうに話しかけてきました。







「隣りのクラスに転校生がやって来るゾ〜!」という情報が流れただけで、学年全体がざわつく感じが伝わってきました(o^^o)







「どんな子やろう」

「なんて話しかけよう」

「仲良くなれるかな」

「いろいろ教えてあげたいな」

「前の学校のこと聞いてみたいな」







などなど、ソワソワドキドキ身体まで反応したりします。







懐かしい感覚ですが、その時点ではただの情報でしかないにも関わらず、クラスや学年全体のリアルが揺れ動き、その時が、何かが書き換わる瞬間なのではないかと感じました。







一人の同級生を迎えるにあたり、クラスや学年全体に新しい「機能」や「縁起」が生成される瞬間d( ̄  ̄)カモシレナイ







私たちは日常茶飯事、そんな「機能」や「縁起」が目まぐるしく生まれ変わる中に生きているのかも知れませんd( ̄  ̄)イヤシランケド~







「機能=ファンクション」という視点について、そんなことを考えました(o^^o)‼︎イジョウデス⭐︎







それでは皆さま

本日もどうぞファンクションな一日を(^o^)/ベイベー







※『苫米地英人を読む』読書会更新しました‼︎