●○ 駄文2.0 ○● -16ページ目

●○ 駄文2.0 ○●

大阪 → ホノルル → ロンドン → ボストン。日々の由無しごとや思いついた事だとかを。

豚ミンチと白菜とキノコ。
しょうゆとみりんで味付けして炒めて、
白ごはんにぶっかけて七味を振って食べる。
それだけでそれなりに幸せになれる自分。

ブログの更新が停滞するのは、
そんならくちんな自分でいられなくて、
自分が持っているボキャブラリーと
今取り組んでいること、あるいは取り組まなきゃいけないことが
適切に対応していないときなのかもしれないな、とか。

今、何をしようとしていて、
何が障害になっていて、
どうやって乗り越えようと思っているのか、
結果、何が得られそうなのか、
どうして、そうしたいのか。

アタマが整理できてないときって言うのは、
言葉が整理できていないときなんだ。

ぼくはいつもそんなときに、
いろんな人に迷惑掛けつつ助けてもらって、
いちおーの答えを出してきたつもりだし、
出してきた答えには後悔してないつもりなんだが、
できたらもっと、人に甘えっぱなしではなく、
もっとカッコいい行動を取れる人になって行きたいなと。

向上するってことは、変わるってことなんだから。
変わんないでいいと思ってたら、年だけ取ってくんだから。
NOって言える力って重要だよなと最近よく思う。
たぶん、日本においてより、こっちにおいてより重要。

・ 悪い人じゃないし、
・ よくしてもらってるし、
・ 断っちゃ悪いかなぁ。

みたいなことを言いながら諸々の交渉にOKを出す日本人を良く見るのだが、
このときに浮かべる引きつった笑顔なんかに、ぼくはすごいイライラを覚えるわけ。

ヨーロッパ的な対人関係において、
相手の気持ちを汲んで、こっちの利害に関する判断を変更する
ってことはありえない(と少なくともぼくは思う)。

要するに、相手の解釈は、
OKを出したということは、あなたはこのディールに対して(ほぼ100%)ポジティブだ。
となるわけ。

もちろん人によっては言語の問題もあって、
うまく英語が話せないという引け目があったりもして、
強気にNOと言えないこともあるんだけれど、
結局愛想笑い浮かべてる間に損するのは自分。

さらに悪いことには、こうしてる間に「日本人は組し易い」って印象を
一部のあまりよろしくない外人に与えちゃったりするわけなんだから、
自分のためにも、ほかの人のためにも、NOははっきり言わなくちゃ。


あ、よくあるパターンとしては。

飲みにいこーぜ みたいな強引な誘いがあって、
一回Noって言うんだけど、そしたら返ってくるのは「WHY NOT!?」

→ 理由をうまく説明できない(だるいだけ、とか)
→ 説明しようとして説得される (明日仕事って返事すると「何時からなんだ?」って)
→ 結局困ったなーって顔しながら行っちゃう。

Why not?にまじめに答える必要なんてないのにさ。
BECAUSE I WANNA GO HOMEが一番の理由でしょ。
朝からWaterloo経由でハンプシャーって地方へ行くことに。
友人の勤める翻訳会社の仕事を一部手伝うことになり、
そのクライアント企業の内部を見学させてもらうことになったからだ。

もう少し具体的には、クライアント企業っていうのが携帯電話のメーカーで、
その広告などを友人の翻訳会社がいろいろな言語に訳す。
この日本語の部分の担当として、ぼくに仕事が回ってくることになった。

誰かがまず翻訳したものにミスがないか、そして表現としてどうなのか、
拙い日本語能力でチェックしてコメントしたり、良ければOKを出したりするのが仕事らしい。
といっても、どのくらいの頻度で依頼があるのかは分からないのだが。

なにはともあれ、仕事があるのはいいことだ。
クライアント企業を訪問するのに、伸びっぱなしだった髪も切った。
いちおうきちんとした場所を訪問するのだからきちんとして行きたい。
いい緊張感をもらえること、メリハリがつくこと、責任を負うこと、
いろいろな理由で仕事というのは生活にとって大切だと思う。

できれば翻訳だけでないスキルが身につく仕事を見つけたいものだが。
とりあえず今できることはちゃんとやっていこう。
Fingers Crossed。