ひさびさに、週末をたっぷり(というほどでもないが)使って駄文。・・・別にいつものことじゃないかと思わないでもないけれど。
本当は考えなきゃいけないことも、やらなきゃいけないことがあるはずなのに、てきとーに忙しいことにして目をそらし、適当にアルコールで脳を麻痺させて、いいじゃん、自分割とがんばってるんだから。自分としてはやれるだけやってるんじゃない?少なくとも誰かよりはマシだって。とか慰めてみたり。
ビールがいつも美味しいのは幸せなことなんだけど、怠けて後ろめたいことをしてる自分自身に気付くと、どんどん自分で認識する自分の価値が下がってしまうんだよね。そして、自分への認識っていうのは、他人に向けられる目にも影響する。だって、人の行動は目に見えても、その内面は自分自身の内省を通して想像するものだと思うから。
これに関連しそうな概念として、たしか学部時代に投影(Projection)だとかって話を習った気がする(例: http://www.counselingservice.jp/lecture/lec14.html
)。心理学ではとてもよく使われる概念らしくて、この投影は、人のことがどう見えているかを通して、自分自身の状態を知ることができるって意味で使われていると思う。Wikiの防衛機能(投影)
を見てみても、「自分の浮気したいと思っているのを、恋人が浮気したがっていると考えること」と。
意識的であれ、無意識であれ、自分自身に対してネガティブな感覚を抱くことは、人に防衛的な行動を取らせて、その防衛機能の1パターンとして、受け容れたくない自分自身の姿を人に投影する、ということが起こり得る、という話で。つまりは、自分自身しっかりしてないと、人に対してもダメな自分のイメージを投影して、ありもしない疑いを持ったり、尊敬すべき人を過小評価したりしてしまうんだろう。
逆に自分自身に対してポジティブであればそれで良いかというと、自分の性格的にそれは受け容れがたくて。どうして受け容れがたいかと考えてみると、あんまり過度に楽観的な人に限って「俺ってポジティブだから」的な発言が多いから。天邪鬼なぼくはいつも、ポジティブは良いからもうちょっとちゃんと考えてくれと、誰かのポジティブのせいでかえってこっちは悩まされるようなことがあったから。なんでも前向きに都合よく解釈すればいいってもんじゃない。
とはいえ、ポジティブな人がみんなぼくにとって迷惑かというと、そんなことはなくて(もしそうなら、とんでもなくひねくれ者みたいだ)。認識しておきたいのは、ポジティブと楽観は別物だということだと思う。事実を認識した上で、良い面に着目して、自働的に行動を起こせるプロアクティブな人と、事実の認識が適当で、過度に楽天的に「ポジティブに考えようぜ」って言いながら、結局は幸運を待つばかりのリアクティブな人とであれば、前者はポジティブで、後者は過度の楽天家だと思う。
あと、別件。うちのクラスメイトのこまった日本人の行動をうまく説明できる概念は、下の「接種」だと思う。
接種
: 他人の業績を自分のことと思い込んで満足すること。(自我拡大)直接関係ないにも関わらず、自慢したり喜んだりする。例:「同じ学校から優秀者が出た」「我が町が生んだスーパースター」「親戚に有名人がいる」(Wikipedia「防衛機能
」)
彼が9月からどこで勉強するんだか知らないけど、なぜか「○○がどこかの大学からオファーをもらいました。僕らの誇りです」と、他人事で大騒ぎしてメールを送りつけ、進路に不安を抱えていた多数の人間を憤慨させた件は有名。空気を読め、などという言い回しはキライだけれど、もう少しアタマ使えばいいのに。