【駄文】雑文っていうのはこういう感じ | ●○ 駄文2.0 ○●

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大阪 → ホノルル → ロンドン → ボストン。日々の由無しごとや思いついた事だとかを。

▼ 幼少の頃に日本昔話から倫理観を身につけて、
それから小公女とか15少年漂流記、宝島とかの世界名作劇場に夢中になって、
学校に入る頃には、努力・友情・勝利の三本柱に支えられた主人公たちに憧れて、
そーやって知らず知らず染み付いてくる価値観って、
少なくとも猟奇的な事件に発展するようなそれではないような気もする。

▼ 小学校1年の休み時間、野球に興じるクラスメイトたちに興味を示さず、
教室の隅っこにあったロビンソンクルーソーだとか宝島だとか、
灰谷健次郎だとかを片っ端から読みふけってた。
今思えば、野球だってロビンソンクルーソーだって同じくらい大切だ。
今の子はそんなことせえへんのかしら。

▼ 友人たちに子供ができ始める今日この頃。
うちの友人たちの子供たちならきっと大丈夫だと思ったり。
それ以前に友人たちと同じ世代の人が問題起こしてたり。

▼ ぼくは度胸がないので悪いことしません(あんまり)

▼ ビール飲んだ後で寝る前にあなたの声を聴くとだめです。

▼ やっぱり本は読まんとあかんやろ、と思うわけです。
できればきれいな感情を育てる本。
感情にきれいも汚いもあるか、と言われたらよく分からへんけど、
あるって言うてしまえば、あることにしてもいいんちゃうかしらと。

▼ ロビンソンクルーソーに関しては、カルチャーの授業でモダニズムの典型として紹介された。
何も持たなかった男が、自然を征服し、豊かになっていく。彼は英雄だ。
人類の勇気と知恵と、力を示してくれる。
原始人のままでいてはいちゃだめだ。進歩しなければ、と。

▼ 一方で固定化された進歩のイメージは、それから外れたモノへの排他的態度につながる。
ロビンソンクルーソーが否定した原始的生活を送っている野蛮に対しては、
進歩をもたらしてやらねばならないのだ、とImperialismとColonialismの時代の人は考えた、のか。