今日は芽キャベツのバター炒めと、チキンと野菜のスープを作った。テスト勉強だとか宿題で、くたびれることが分かってるときに、いつも野菜たっぷりのスープを作っている。食べやすいから、というのがその理由。思いついたときに温めなおして食べられるから。
ビジネスのエッセイは、構成は見えているんだけど、序盤ですでに2,000wordsが制限のところ、600wordsを消化してしまってピンチ。どうやら書いてみた後でかなり大幅に削る必要がある。
国際的な企業がその巨大な資本やノウハウにも拘らず、新市場での展開に苦労するのは何故か。2つ例を挙げて説明せよ。という問題だったので、1つ目に、WAL-MARTがインド進出するんだけど、法律により小売ではなく卸売りに限定されたり、地域によっては販売できる商品が限られていたり、地元ですごい抗議デモが起こっていたりすること。2つ目に、Steel partnersがBull-dog sauceにTOBを仕掛けたところ、すっごい非合理的な(企業にとって利益にならない)方法でもって抵抗されて買収が失敗に終わったこと、を挙げた。
※ちなみに後者に対して、米紙Finalcial Timesは「株主は経営陣に、新製品のにんにくソースを何本か飲ませてやるべきだ」と酷評した。保身のコトしか考えない2流企業の経営陣!みたいな論調。日本だとカネにモノを言わせた汚い買収から、伝統と歴史を守りました!みたいな空気が(一部)あったと思うんだけど。
結局何が原因だと答えるかと考えると、STEPって言われるんだけど、Society・Technology・Politics・Economyの4つに落としていけば良いんだと思う。これらの理由から例に挙げた市場はGlobalizeされていないから、海外から参入するのが大変なのだ、と。
問題はもう1つの比較文化学。
Edward Saidというパレスチナ生まれのアメリカで学者してる人(最近亡くなった)が、1978年にオリエンタリズムという本の中で、東洋に対する西洋のアカデミックな姿勢を批判した。東洋に関する研究は、自分と異なる「他者」への幻想に満ちていて、東洋の多様性を認めず単一のモノと見ている上に、エキゾチック、野蛮、官能などの自分たちの正反対の存在としてのイメージを押し付けている、という。
さらには、これらの偏った視点からの研究というのは、対象を「知る」ことでそれを「支配する」ことができるという、Power-KnowledgeのDiscourseが存在していることを指摘した。要するに、オリエンタリズムってのは、対象を偏った視点から見て、勝手に知った気になって、相手よりも自分の方が上だって思い込むための研究に過ぎないって言ったのだ。(ぼくの理解力だとこの辺がせいぜいだ)
課題はコレがTimelessだという批判は適当なのかどうなのか述べよ、と。ぼくはずうっとTimelessの意味が腑に落ちずに困っていたんだけど、どうやら特定の時代を論じていないとか、歴史にそぐわないとかって意味らしい。確かにSaidは18-19世紀の文献や絵画を取り上げて、そこにフーコーやグラムシのディスコースやヘゲモニーって概念をあてはめて、オリエンタリズム批判を論じている、と思う。
あー。何を以ってTimelessだって言うのか、そうじゃないって言うのか、まだアイデアも固まらず。ふつーにピンチ。
がっこ行かなきゃ。