今日は2回目の授業。
Writingの授業では、パラグラフの構成について習いつつ例題を解いて行く。高校時代にやったなぁと思いつつも、アメリカ流の理論だとどうなるのかしらと興味津々。
どっこい、教官が投げるパラグラフに関するいくつかの質問に学生が過剰反応。国民性なのか、授業が始まったばかりで気合が入っているのか、授業になってないんじゃないかと思うくらい学生の発言が止まらなくなってしまった。
真ん中の一番前の席に座るサウジアラビアの彼は、名前を思い出せないんだけど、25才にして結婚していて、奥さんを連れてホノルルでコンドミニアム暮らし。なんともすてきにリッチ。そして英語の発音は悪いんだけど、なにせよくしゃべる。授業の後に話したときも、ぼくは日本語でもそんな風には話せないなぁと思うような量を、あんまり上手じゃない英語だけど、次から次へと言葉にしていった。
そんな彼を筆頭に、なにか教官が質問をするたびに、みんなが思い思いに好きなことを発言し始めるので、ほんとにもう収拾がつかない。挙句の果てには、今読んでいる段落がどこなのか勘違いした発言まで飛び出し、ますます混乱は深まるばかり。
もう1人よく話すのはブラジル人のお姉ちゃんなんだけど、なんか常に発言のポイントがずれていて大変。教官の質問に答えてるのか、関係ないことを聞いてるのか、困ってしまってテキストの一部を読み上げちゃってるのか分からない感じになる。もちろん発音も良くない。ポルトガル語風というか、巻き舌というか・・・。
教官の発言内容より、彼らの英語を聞き取る方が大変なので、分からなくなったらどうにかしてアピールしないと途方に暮れることになってしまう。たぶん、静かにしている人の半分くらいは完全に訳がわかんなくて困ってたんだと思う。とりあえず、何か質問してしまえば、教官からは多少的を射た答えが返ってくるので、それで現在地を確認するのがいい方法だと思う。そしたら、わーわー発言する生徒の他に、困ってる生徒がいるって教官も理解するし。
それにしても、この発言量の多さと、話すけれど話を聞かない学生っていうのは、さすが異文化・・・。