その先は、足を踏み入れていいものか、少し迷った。

道しるべに「入り口」と示された所で、立ち止まって考えているところへ、突然、向こうからキジバトが一羽やって来たので驚く。

 

キジバトは、こちらを窺うように見ている。

「来るのか、来ないのか。」と、問われているようだ。目が合うと、大きな羽ばたきの音をたてて戻っていく。
「来るかい?」といわれた様に思った。これで行くと決めた。

 

奥は、道が森の中へと続いて、その先がよく見えない。

 

森までは、小道を挟んで左右に小さな田んぼがある。

右手に、ほんにょを立てて刈り取った稲を重ねている年配のご夫婦がいて、挨拶を交わして進むと、道は少し左へと湾曲し、小さな畑を右に見て森の前に着く。

 

すると再び、「来たか」というように、音を立ててキジバトが飛び立った。

 

森の中へ足を踏み入れると、空気が違うような気がした。

 

足元の低い草の中から、小さなものが、いくつも左の藪の方へと飛び跳ねていく。蛙とバッタのようだが、中には何か見知らぬ者もいたかもしれない。

 

木々の間で、少し湿った草地の、うねる細い道を行く。

 

途中で、2度ほど短い悲鳴を上げたのは、頭上に大きな蜘蛛の巣や、糸を吐いてぶら下がる芋虫がいるのを見つけたからだ。

鼓動が早くなり、額や首筋に汗が滲む。

 

「ここは、私達の領域じゃない。だから、遠慮しながら行かなきゃ駄目だ」と、言葉がこぼれた。

 

そうだ、ここは人の領域ではないのだ。人がずかずかと、気安く通るような道ではなく、「通して頂きたく、お願い申します」と、頭を下げて通る場所だと思いながら進んだ。

 

やがて、道が左へと折れる曲がり角に出る。


 奥松島・薬師堂   

角まで来ると、そこに洞穴があった。暗い洞穴の向こうには、良く見ると、うっすらとお地蔵様の姿があるのが分る。

そこで、お地蔵様に頭を下げ、

「お堂に参ろうと、寄らせていただきました。よろしくお願いします。」と挨拶して、手を合わせた。

 

左に、苔むして角の丸くなった石段が見える。これを上ると、やがてお堂が現れた。

 

ここは、奥松島の宮戸である。

大高森の傍にある、海沿いの宿泊施設の裏手に当たり、小高い森の奥にあるお堂は、「薬師堂」である。

 

お堂の下にあった洞穴は、海から漁師が網で引き上げた薬師如来像を、最初に安置した所と言われていた。

かつて、ここに政宗公が鹿狩りに来て、不思議な体験をしたという言い伝えがあった。

 

忽然と現れた老僧に止められたが、それを聞かずに、政宗公は獲物を調理したところ、肉が煮えないので海に捨てて帰った。しばらく後に、再び狩に出ようと狩衣を出させたら、この狩衣は灰になっていたという。

 

薬師如来の霊験あらたかなことに、政宗公はいたく驚き、眼病平癒の祈願したところ七日に平癒したので、厚く信仰して、この地に薬師堂を建立したとされている。

 

お堂の擬宝珠の下には、しっかりと伊達家の家紋が印されていた。
 
奥松島の薬師堂
      

お堂の前で手を合わせて、来た道を戻る。お堂の下のお地蔵様にも、再び退出の挨拶をして通り、森の細道を「通してくださいね」と言いながら、戻ってきた。

 

森を出ると、自分達の領域に戻ってきたなと、ほっとする。

 

恐れ慎む心が自然と湧き上がる、不思議な威力のある場所であった。

薬師堂を出て一息つくと、どこか身が軽く、何か余分な物が剥ぎ取られて厄が落ちたように、清々しい気分になっていることに気づく。

このような、自分の領域ではないと思う場所と、霊妙さを思い知る経験が、人には必要だと思った。

 

奥松島には、そんな霊妙な場所が残っている。