三月二十三日 

⑬ ペット番外編、

・ ジコジコの思い出〔上〕

 

森の新聞、20号、21号、22号〔1989、7、8、10〕の一面記事の転載です。

『六月の森、全てがものすごい勢いで成長する季節です。あれほどたくさん咲いていたオオハナウドも今では番傘の骨となっています。いつもの年よりあでやかだったコンロンソウもすっかり影をひそめてしまいました。3羽のエゾフクロウのあかちゃんも巣立ちして森の奥に行ってしまいました。ある日、森の常連のU老が幼鳥を懐に入れ、森から出てカフェ樹に寄りました。シジュウカラの幼鳥が巣から転げ落ちていたらしい。こんな事故はたまにあります。カフェ樹は早速野生生物保護センターになり、幼鳥を預かりました。大きめの鳥籠は伝次郎の時のがあり、食べ物はとりあえず、タマゴヤキとホウレンソウのあえたものを用意しました。巣から落ちた幼鳥は初めのうちただ、ジコジコと鳴くだけでした。やがておなかがすいたのかしきりにエサを求めたり、退屈になると相手を要求したりするようになりました。数日過ぎた頃、主の妻が見ている時、さえずりがなんとなく歌になっているように感じたといいました。それを聞いた主もジュクジュクジュージエ〔お願いだから歌ってよ〕とシジュウカラ語で頼んでみましたが、つれない素振りでした。野生の動物がどんなになついても所詮人間とは住む世界が違うことは承知していてもかわいいものです。早く森に返さねばと後ろめたい気持ちでいました。ある自然愛好家は言います。「たとえ、巣から転げ落ちても母親が、そこまでエサを運ぶものだし、よしんばその間にキタキツネに襲われることがあったとしても、それはそれで仕方がないことなのだ」。また別の愛好家は言います。〔いや、それはおかしい。自然であっても保護されなければならない時や状況はある。何がなんでも自然のままに任せるというのはおかしい。」主たちも心の裡でジキル博士とハイド氏よろしく葛藤しながら、ジコジコとの交流を楽しんでいました。明日こそは森に返そう、いやもっとエサをしっかり食べられるようになるまでは と。小鳥店で買い求めたミルオームを与えながらそんな日々が過ぎてゆきました。』   

 

五月の末、本紙の創刊号からの定期購読者であったNさんがお亡くなりになりました。享年七十歳。Nさんは元江別からバスで大麻に来て、徒歩で二キロほど歩いて小雨降る頃、我が家を訪れてくれました。寡黙で、物静かな物腰で、『定期購読をしたいのですが』。以来、二十回、お宅まで届けたことになります。森の新聞がNさんの晩年のささやかな憩いであってくれればと思いながら。線香をあげてきました。    『上』 了