三月二十二日 今日は、ご近所にいた時差ぼけどりと森の妖怪〔ヌエ〕のお話。

森の新聞、1988年6月、第8号の一面記事がよかったので転記します。〔例によって一部編集、加筆訂正あり〕

『大沢池付近に営巣していたカワセミは近くにいたキタキツネに襲われたようです。当社〔森の新聞社〕で預かっていたザルガニ〔オクリカンキリ〕は六匹が二匹に減ってしまったこと、どうやらカラスの襲撃。大沢口周辺で営巣していたエゾフクロウも見物客が増えすぎてどこかへ引っ越してしまったこと。など、六月の森はどんどん賑やかに過ぎていきました。そんな中、森を取り巻く夢と現実を象徴するような話題が二つ。一つは、時差ぼけどりコッコの事件。二ヶ月ほど前、H氏が森の中でニワトリを捕まえました。〔すごいですね、この森にはニワトリもいるのです〕コッコはH家の庭で小屋をもらって暮らし始めました。何かの罠にかかったのか右前足がびっこのキタキツネがいました。まだ我が家には幼いコロ、タマの頃ですから、キタキツネは犬の残したご飯を頂戴したりしていました。そんなキタキツネがある夜コッコを襲撃しました。戦闘の激しさは翌朝付近に散らばっていた鳥の羽があらわしていました。また付近の犬たちの証言もありました。哀れ、コッコもキタキツネの食料となったのか、と思いきや、コッコはいくつか血をにじませながらも生きていました。キタキツネを撃退したのです。こんなことはシートンの世界だけで起こるわけではなかった。一方敗者はといえば、十日ほど前、森の中を歩いていると、ばったりとコン子に会いました。「お懐かしゅうございます。もう三年になりますね。私のことでございますか。いえ、もうすっかりだめです。足を痛めてからというもの、森の仲間も相手にしてはくれませんし、リス、ウサギを追いかけることもままなりません。それで、お恥ずかしい話ですが、夜の夜中に人間様のおこぼれを頂戴したりして命を繋いでおります。先日も、あのオンドリをいただこうと思いました。情けないではありませんか、いかに相手がオスであるとはいえ、いやしくもキツネである私がニワトリふぜいにやられてしまったのです。いえ、もちろん二度とそんな気は起こしません。こりごりです。どうか、お見逃しください」そういうとコン子はクマザサの中に消えていきました。もう一つのお話。数日前の霧の深い真夜中のこと、何かが笛を吹きながら森沿いの空中を過ぎていくようでした。高音と低音、交互に哀しげな音調で。霧の夜の徘徊者。主には、冥界の使者の往来のように聞こえました。慌てて、人間の『辞書』を調べると、それは『鵺』〔ヌエ〕とありました。頭は猿、胴はタヌキ、尾は蛇、手足は虎に似て、声はトラツグミに似た妖怪とありました。ヌエは1時間ほど彷徨ったあと再び漆黒の闇に消えて行きました。 了