ソファーに、子ども………




え? 何? 何で? え? え?????




子どもはソファーに寝そべって、本を読んでいる。





え? 誰? いや、ってか、どっから入ってきたの? え? 私昨日、鍵閉め忘れてた!???






一人暮らしの女子の家に、小さな子どもとはいえ不法侵入されているのだ。





びっくりしすぎて、声も出ない。





警察、よね。こういうときは110番よね。




この子、刃物とか持ってないよね。




子どもに見えるけど、実はおじさんとかじゃないよね。






頭の中をいろんな思考がぐるぐると駆け回る。





落ち着け、私。とりあえず、刺激しないように声かけてみるか。






「あの〜…」





子どもは本から目を離さない。





「あの〜、こんなところで何してるのかな? ここ、お姉さんのうちなんだけど、、、」





チラッとこっちを見た子どもは、本をパタンと閉じて、むっくり起き上がった。




「お姉さんじゃなくて、おばさんでしょ」




口を開いたと思ったら、いきなりディスられた。




一瞬面食らったが、起き上がったその子を見ると、なんとも可愛らしい容姿だ。





小学一年生くらいだろうか。サラサラの黒髪おかっぱヘアー。目は二重でくりくりしてる。色白でほっそりした手足。子役の頃の芦田愛菜ちゃんみたいだ。






「あの、あなたどこの子かな? おば…お姉さんの知り合いの子だっけ?」





ひきつりそうになる顔で、必死に笑顔を作ってみる。





「だから、お姉さんじゃなくて、おばさんでしょ。自分の顔、鏡で見たことある?」





人んちに勝手に入って、言いたいこと言いやがって。イラつくガキだな。




沸々と怒りが湧いてきた。





「いや、ってかアンタ誰よ。何で勝手に人んち入ってんの? 早く出て行きなさいよ。大人しく出て行かないなら今すぐ警察呼ぶからね!」





私は早口でまくし立てた。





子どもはハァーっとため息を一つつくとおもむろに口を開いた。




「会ってるから、昨夜」




はあ? 昨日は一日仕事して、帰ってきたのは24時すぎ。すけべ心丸出しのオジサンには会ったけど、こんな子どもに出会った覚えはない。





私が怪訝そうな顔をしているのを見て、その子がまた言った。





「会ってるよ、昨夜。あなたの夢の中で」





夢? 夢の中? 昨夜の夢はどんなだったか……





「私はニコ。知識を司るもの。まあ、ざっくり分かりやすくいうと、本の妖精」







夢? 妖精?





「って、ええっ? 昨日の夢の!?」




私はあんぐり口を開けた。




「そう。思い出した?」




ニコはくりくりした瞳をまっすぐこちらに向けている。





確かに、夢に出てきたよ。本の妖精。でも、声だけで姿は見てないし、大体、この子の言ってることがもうあやしいし……





「……本の妖精が、何でこんなところにいるの」





夢の世界は置いといて、そもそもこんな子どもが、ここにいること自体があやしいのだ。私は努めて冷静に問いかけた。





「泣いてたから。こんな生活、もうやめたいって」





「それで?」





「それでって…まあ、ここにある本たちに頼まれたの。なんとか助けてあげてほしいって」





「本が…?」




テーブルの上に山積みされてる本。私の大好きな本。






「そう。ここの本たちはね、いっつも自分たちを楽しそうに読んでくれるあなたのことが大好きなの。あなたの生活をより良く変えてあげたくて、いつも、こうしたらいいよ、ああしたらいいよって一生懸命伝えてるけど、あなたはなかなか実行しない。ここの本たちはそれがもう、もどかしくて仕方ないの」





私は山積みの本に目を落とした。たくさんの自己啓発本、ダイエットの本、ファッション雑誌もある。





「この本たちみんなね、あなたを輝かせたくてここにいるの。ただ悲しいことに、本の役割って基本的には伝えるだけのもの。あなたを輝かせるための智恵は授けてあげられるけど、あなたを実際に動かすことはできないの。ここの本たちはね、いつも楽しそうに自分たちを手にとって読んでくれるあなたを、現実は生活に疲れ切って投げやりになっているあなたを、なんとかして助けたいと思って、それでこのニコに救いを求めたわけ」






本が…私を助ける?





本を読むのが大好きで、だから本ばかり読んでいた。本を読むことは、知らない世界を旅してるみたいだったし、知識を得ることは楽しくて、いくらやっても飽きなかった。






「知識を得ただけで終わってるから、ダメなのよ」





ニコは続けた。





「得た知識は使わなきゃ。それこそ宝の持ち腐れってやつになるでしょ。知識なんて、持ってるだけじゃ意味ないの。使って初めて活きるものなんだから」






本の知識を使う…





私は思わず言った。




「でもっ、書いてあることをやるっていったって、そんなの簡単にやれないから、今だってこんなに苦労してるんじゃない。それに、自己啓発とか、願望実現の本なんて世の中たくさん出回ってて、どれが自分に合ってるのかもわかんないし」





ニコはニヤッと笑って言った。





「そもそもその本を手に取った時点で、半分は自分に合ってるものを選んでいるのよ。世の中に一体何万冊の本が出回ってると思ってんの? 一生かけても読めない量の本がある中から、自分が欲している知識が書いてある本を選んだんでしょ。だから、半分は自分に合ってる本なのよ。あとの半分は自分の欲しい知識を得られれば良しだし、もし自分の欲しかった知識と違ったなと思えば、この知識は自分に合わなかったということがわかったわけだから、改めて自分が本当はどうしたいのか、みたいな考えに気づいたりできるわけよ」







確かに、読みたい本を手に取ってる時点で、半分は自分に合うものを選んでいることになる。





「本の中身を実践って…そんなの上手くいかないよ」





私は肩を落としながら言った。




実践したことだってある。でも上手くいかないことのほうが多かった。





「大丈夫。ニコがついてるから」




ニコはまた、ニヤッと笑った。





これから何が起こるんだろう。




私は一抹の不安を抱えながら、目の前の不思議な状況を飲み込んでいった。