40代腹筋割男のブログ

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中年になってきて体型がどんどんメタボ化。。。生涯に一度でもいいから割れた腹筋を手に入れたい40代男の腹筋割りチャレンジブログ!

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 今月から脱メタボを宣言し、腹筋運動を続けてきた。
 ようやく合計腹筋回数が1200回を超えた。
 今まで、たまに、走ると腹だけ、内側の筋肉や骨格と別に、ゆるっゆるっと、上下していた感じだが、最近、腹が筋肉化し始めたしく、骨格への密着度を感じ始めている。
 ・・・体重だけを考えるなら、筋肉化している分、増えているかもしれないな。
 まだ体重計に上がるのが、地雷を踏むような気持ちに似て、なかなか数字を見る気になれない。


 今日の関東は、一日中、びっくりするぐらい暗い薄曇りで、近所を見ると、昼間から、照明を点けているところがあった。
 しかも、月曜ということもあって、なかなか気持ちが上がらなかった。。。。
 今日みたいな、春になかなか珍しい、グレーな空具合で、一日過ごすと、思いだす・・・。


 いつも薄曇りで、太陽が顔をのぞかすことが貴重だった、イギリスの空。。。。
 イギリス留学していた頃を。。。

 風吹きすさぶ、ヒースロー空港に到着した時、不安と期待に胸がいっぱいになったこと。
 オックスフォードの友達に連れられて、テレビで見て、ずっとイギリスの象徴となっていた、真っ赤なダブルデッカーの観光バスではしゃいだこと。
 アイリーンとの淡い恋の思い出。。。
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 ・・・と語っていた、昔の友人を思い出した。



 俺にとってのイギリスは、地理的距離と同じぐらい、関係を感じることは薄く、みんな、サッカー好きで、紅茶をやたらめったら、全土で1日に、1億6500万杯飲み干す国民がいるということしか、知らない。


 ・・・鼻にピアスしたパンクな人というのは、まだいるのか?!
 ワムって、まだ人気なのか?
 大英博物館に、捕獲されたボーイ・ジョージが、展示されているというのはほんとうか?


 ・・・・ボーイ・ジョージと美輪明宏って似てるよなっ!



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感想(2件)



 春の季節に思い出せっ!俺の幼年時代の光と痛みに関する記憶の続き No.6 END・・・。


君は俺の園児時代の光を見たか?!- No.1
君は俺の園児時代の光を見たか?!- No.2
君は俺の園児時代の光を見たか?!- No.3
君は俺の園児時代の光を見たか?!- No.4
君は俺の園児時代の光を見たか?!- No.5



 ミノルが去って行った後、俺のその後の生活で、自然にミノルの代わりに、ケイちゃんがその位置を占めるようになった。
 親密度は、単に環境的なところから、前より増したけど、ミノルとの間にあったようなものは、決して生まれることもなく、子供ながらの正直な残酷さで、期待もできなかった。


 ケイちゃんには、とても悪いのだけど、ミノルと俺が分かち得ていたような、情緒と性格の上質さと上品さ、また二人で育てた、ある種の洗練さといっていいもの、そして築いてきた道徳観を、ケイちゃんは、完璧に欠いていたからな。。。。
 ほんとっ!ケイちゃんには、失礼な話だけど、・・・個人の資質と向きは、どうしようも無く、・・・誰が悪いわけでもないさ。


 幼い子供にとって、環境とは、記憶からぬぐえない、あの無慈悲な3.11の津波のごとく、どうしようもないもので、俺の友人環境は、次第に野卑めいたものに、染まっていった。
 人一人いなくなっただけでも、人は歩む道筋と、道の質を、大きく変えてしまうものだと、今振り返っても、その影響の大きさに圧倒される思いであり、また、幼児らしいともいえる、当時の自分の弱さ、単直さ、幼さを、うらめしく、もの悲しく思うんだよ。


 そうして、俺は時の流れと環境に身を任せ、あきらめにも似た気持ちで、毎日を受け入れ、少年へとなっていった。



 小学校に上がって、新たに知り合った友達との関係は、新鮮さに忘れてしまうように思えていても、ミノルとの友達付き合いの日々からすれば、マガイモノのように感じていたが、それでも自分をだましだましして、その頃の友達づきあいの中で、自分を見出していた。


 そして、相変らずケイちゃんが、いつも周りにいて、いつしか俺も、その関係に馴染んでしまっていた・・・。


 小学2年生の時の国語の授業だっただろうか?


 初夏に向かっている、暑くも寒くも無い一日だったように思うが、巡ってきた課題は、「手紙を書く」というものだった。
 同級生の誰かとペアを組み、授業で習ったことに基づいて、きちんとした書式の手紙を出して見ましょう!というようなことだった。


 俺の相手は、やっぱりというか自然にケイちゃんであった。


 学習したことに従って、郵便番号や住所、宛名を、封筒の決められた位置に、ぐねぐねと曲がりながらも大きく書き、文面の内容は、授業にふさわしい当たり障りも無いことを書き連ねて、みんなが一人づつあてがわれた相手に、実際にポスト投函して、郵送したわけだ。
 そして、みんなに郵便屋さんから、実際に、配達された手紙を持ちあって、授業で、その結果の確認をしたのだった。


 ある日のこと、家のポストの中を見てみると、授業で習って、みんなで送ったような、手紙が、もう一通ポストに届けられていた。
 その手紙を送り主の名前を見るなり、・・・俺は、空を振り仰いだ。


 俺だけ、サプライズが待っていた!


 そして、先生やみんなの前で、俺だけ、もう一通多く届いた手紙を見せた。


 そうなのだっ!


 全国の同じ学年の小学生が、石ノ森章太郎氏監修の国語の本で、同じ時期、同じ課題に取り組んでいたのだから・・・。


 もう一通の手紙の送り主は、その時にあっても、手紙を出す相手に、俺を選んでくれたのだ。
 俺といえば、狭い教室内だけの相手に、意識が限定されて、それ以外は、誰も考えることすらなかったというのに。。。。


 淡い幼年時代の記憶を、日々の生活の中で、流してしまうことなく、俺という、幼く未熟すぎる存在が、その時も送り主の心の中で、静かに息づいていたことを知って、俺はもう何も言えなかった。


 先生に笑顔でうながされて、みんなの目の前で、俺だけ、もう一通多く届いた手紙を、読んだ。


 教室の窓から入ってくる風は、初夏へ向かう緑の薫りがした。


 みんなの前で、読む手紙の文面は、文字が霞んで、ぼやけて、読みづらかった。


『 割男くん、
ぼくはミノルです。
お元気ですか!
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 春の季節に思い出せっ!俺の幼年時代の光と痛みに関する記憶の続き No.5・・・。


君は俺の園児時代の光を見たか?!- No.1
君は俺の園児時代の光を見たか?!- No.2
君は俺の園児時代の光を見たか?!- No.3
君は俺の園児時代の光を見たか?!- No.4



 ケイちゃんに顔面粘土ぶっつけ事件を起こしてしまった、同じ週の土曜日だったかな。。。。
 幼稚園に一日いる平日と違って、お昼には帰宅できる、嬉しい土曜日♪
 ・・・なのだが、朝から、ミノルが、よそ行きの洋服を着て、幼稚園に来ていたのを見て、今日、とうとう、その日がやってきたことを、一人で確信した俺は、変わらない表情とは裏腹に、気持ちはどん底で、目玉が裏返ったかのような気分になっていた。


 ミノルは来て早々に、まず俺だけのところに来て、笑顔とも泣き顔とも取れるような表情で、四国へ引っ越すことを俺に告げた。


 その時、交わした言葉を覚えていないけど、無音の記憶の中で、ミノルの口の動きだけを印象として覚えている。
 ミノルとの会話の後、すぐに園児は集められ、園長先生から、
「今日で、ミノル君は、ご家族で、四国に引っ越しされるので~、皆さんとは、お別れになりまぁす♪」
との発表があった。


 友達の園児に取り囲まれ、何かと、言葉をかけられているミノル。
 ミノルが引っ越して、去っていくということで、園児たちは、仲のよい俺の様子をおもんばかり、俺の方をチラチラと見る視線を感じて、心がチクチクした。


 その後、先生たちに、ミノルのお母さんが何かしらの挨拶をしている間、俺たちは、ちっちゃなミノルの弟を喜ばせたくて、ブランコに乗る弟の背をみんなで押していた。


 今、思い出しても、おかしくもあり、悲しくもあるのだが、まだ小さな弟のブランコの鎖を握る力は弱く、そこに、園児の遠慮のいらない力で、背中を押されたものだから、少なくとも三度は、ブランコから、ありえない角度で落っこちて、下のぬかるみで、晴れ着を泥だらけにしていた。


 落っこちるたびに、泣き声を聞きつけて、ミノルのお母さんは先生のもとを離れ、ブランコの側に来て、起こったことを聞かないまでも分かっていて、みんなを叱ることも無く、弟の服をひっくり返して着せたりして、場をつくろって、また先生のもとに戻るという行為を繰り返していた。


 その間、俺はこの時になってさえ、まだ信じられず、またミノルだけは、四国へ行かず、また次の月曜、一緒に幼稚園で会えるのだという、ありえないことを思おうとして必死だった。


 そういえば、この頃、国民的子供番組『ナンとか屋 ケンちゃん!』をよく観ていたが、必ず、仲の良いお友達が引っ越していき、別れの悲しみと感動・・・!という話が、ケンちゃんに限らず、当時のドラマ番組で、やたら盛り込まれていたように思うが、その時の俺は、テレビ番組のように、『涙の内にも最後は笑顔』という風にはならず、ひたすら心の中で、終わりの見えないデスマッチを繰り広げていたように思うな。。。。



 お母さんのご挨拶が終われば、ミノルは行ってしまう。
 子供心に、四国トイウトコロは、無慈悲な永遠の地の果てに思え、『もう二度と会えない』ということと、同義語のように、思っていた。


 砂時計の残りわずかな砂のように、時間は過ぎていく。


 それなのに、俺は悲しい表情も気持ちもおくびにも出せず、引き裂かれようのないものが、引き裂かれていくという、強烈な心の状態のまま、少なくとも表面上は、いつもと変わらず、ミノルをみんなで囲んで話していたように思う・・・。


 あの時の心の状態は、それから数年を経て、ようやくぴったりな表現を見つけることができた。
 何か、とてもすべすべして、やわらかいけど、裂けることがありえない物があるとするだろ。
 そして、音の無い世界。
 その音の無い世界で、この裂けえようのないものが、ゆっくりと確実に、縦割りに裂けていく感じ・・・。
 後年、ストリングチーズのCMで見た、チーズが、糸を引きながら、音も無く裂ける感じに、ぴったりだった。
 それ以来、この時のことを思うと、このストリングチーズの特徴をフレッシュッ!に表現した、この裂けるCM映像が、心の芯に、甦り映し出されるのだった。
 音の無い、痛みの無い、痛み。


 こうして、ストリングチーズのように、俺の気持ちがゆっくり裂ける中、ミノルにも、誰にも、胸の内を見せることなく、平気を装ったまま、ミノルと別れたのだった。


 ・・・次の月曜から、幼稚園に向かう足取りの重かったことといったら・・・・。
 何も光のない暗い所へ、行かねばならないような感じ。


 その後の俺は、たまに他の園児や、近所の人から、さみしくなったねと声をかけられてはいたものの、表面上は、気にしていない風を装っていた。
 訓練された表情筋は、心の状態を、そのまま表すことは、もう、決してなかった。
 しかし、心の内は、どうしようもないほど、訓練されていない幼児の凹みっぷりだったな。


 時間の治癒力と幼児ならではの成長力に任せて、子供らしく、一時的にひいた心の風邪のように、忘れたように思うこともあった。


 しかし、あきらかに俺の生活は、その後、ぽっかりと失ったものを抱えて、そこを埋め戻すことは、ついにできなかったんだよ・・。



 痛ましくも、軽やかに、明日のラストに続いちゃうんだぜっ!



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